孤独な蝶は、灯りと出会う。

 私はあの賑やかな三人に挟まれていた。

 私について話しているのだが、全く私は会話に入っていない。


「異世界人だったのね。道理で変な子だと思ったわ。まあ、異世界人ということを抜いても十分変だと思うけど」

「ちょっと鈴、本人の前よ。もう少しオブラートに包んであげなさいな」

「まあ、でも何か見つかるといいな。ここに来た意味を。きっと神様があんたを可哀想だと思って、ここに寄越したんだから」


 三人は私のことを物珍しそうに眺めながら話していた。

 私は相変わらず三人にはついていけず、ただ慌ただしい会話を聞いているだけだった。


 それから何分経った頃だろうか。温室の扉が開き、数人が中に入ってきた。三人はその数人の真ん中にいる人こそが月夜様の言っていた人だといった。

 背が高く、豪華な着物で羽織についているのか、フードを深々と被った人だった。そのため顔がよく見えない。何か訳があってフードを被ってるのかもしれない。


 数人の集団は私たちの存在に気づくとこちらに向かってきた。


「菊に鈴に琴ではありませんか。お元気そうで何よりです。して、そちらの黒髪のお嬢さんは?」


 低い声からして男の人だろう。優しく、月夜様と似た耳によく残る声だった。

 私はそんな声の持ち主が目線をやったのを感じた。被っているフードのせいで見たのか定かではないが。


「この子は本日異世界からやって来たという、名のない娘ですわ。先程、月夜様の頼みでここへ連れて参りました」


 琴さんの丁寧な説明を聞いていた私は、菊さんに横腹をつつかれて慌ててお辞儀をした。

 この人は、王族の次に偉い人だった。そんな人を目前にしたらお辞儀をするのは当たり前であったかもしれない。

 思えばとても無礼なことをしてしまっていたのではないか。


「名がないのですか。ほう、それは困りましたね」


 あの人は上品に笑う。


「名を聞いたら名乗るのが礼儀でしたね。私の名は燈火とうか。この国ではとある研究をしているただの研究者です」


 燈火と名乗った人はまた上品に笑った。この人はよく笑う人だ。

 私は、最後に笑ったのがいつかも分からないのに。


「異世界だというのに混乱している様子を見せない、ということは驚くに値しない世界でしたか?」


 燈火さんはまるで何か、私について知っているかのような言い方で聞いてきた。


「そうですね。私はこの光景にさほど驚きませんでした。私の生まれ育った国、日本という国の雰囲気ととても似ていましたし」

「そうでしたか。不思議なこともあるのですね。それにしても話に聞いた通り、本当に面白い娘ですね」


 面白い、というより変ということだろう。この人はいいように言葉を変えてる。

 飄々としえ、人の心を弄ぶのが上手そうだ。


「国王の命令により、この子は研究所で預かります。道案内、どうもありがとうございました」

「お褒めにお預かり感謝します」


 そう、三人が燈火さんに頭を下げると燈火さんはまた上品に笑った。

 私はそこであることに気づいた。道案内ということはあそこで私がこの三人と会ったのは偶然ではなく、命令だったのだ。私を月夜様や燈火さんに会わせるために、三人にお願いしたのだろう。


 燈火さんが自分について来た人たちと何かを話している間、頭を上げた三人は私の肩を思いっきり叩いた。


「燈火様といれば怖いものなんて本当に何もないね。安心しときな」


 そういった言葉を次々に私にかけてくれた。

 彼女たちとはほんの数時間前くらいに会ったばかりの人たちであるのに、その関係は前の世界で会った誰よりも濃いものになった、はずだ。三人ともとても優しくて、よくしてくれた。いい人たちだ。


「まあ、いつでも会える。私たちはここで月夜様の世話をしてるんだからさ」

「何かあったらすぐに月の間に来るといいよ」

「桜華国での暮らしをどうか楽しんでね」


 三人はそれぞれ私にお別れの言葉をかけると、いつからかこちらを見ていた燈火さんに頭を下げた。最初から最後まで慌ただしい人たちだ。


「お別れは済んだようですね。道案内を頼まれたのが彼女たちで本当によかったです。特に今日は観光客が多いですから、悪い奴も紛れているんですよ。……それでは、私の研究所へいらっしゃい。異世界からきたお嬢さん」


 燈火さんは私に手を伸ばした。その白くて大きな手からは、近づいただけで触れてもいないのに何か冷たいものを感じた。


「分かりました。……手は、大丈夫です」

「あはは。警戒させてしまいましたかね。心配いりません。ここからそう遠くはないのですぐに着きますよ」


 そう言って歩き出した燈火さんの後を追いながら、私は煌びやかな王宮を出た。


 何やら門番が睨むような目で燈火さんを見ていたが、多分気のせいだろう。だってこの人は王族の次に偉い人なのだ。私と違って、睨まれるような人ではないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る