孤独な蝶は、見知らぬ場所へ。
あまりの腰痛に目を覚ます。
どうやら寝てしまっていたようだ。夜になりかけていた茜色の空は、既に暗闇に変わってしまっている。私はその空の色に慌て、立ち上がった。急いで帰らなければいけない家なんて、ないのに。
そこで何かの違和感に気づいた。
「空がよく見える場所にいたはずなのに……」
それなのに今は自然が広がる森の中と思われる場所にいる。鳥が鳴き、風の音が微かに聞こえる。誰かに管理されているのか、無駄に草が生い茂っていない森は私が今まで見たことのない場所だった。
「とりあえず森を出ないと。街に行けばここが何県で何市くらい書いてあるはず」
私は森を出るため、地面が下に傾いている方に歩き出した。人の声は聞こえず、ただ風の音と鳥の声だけが聞こえてくる。心地の良い空間だ。
なぜ自分がこんな場所にいるのか全く想像ができない。拉致や誘拐にしては周りに人はいないし、何も異変はない。自分自身の足で来たとも思えない。自分に降りかかった突拍子のない出来事に速く脈打つ心臓を押さえる。
何分か歩いた頃だろうか。人の声が聞こえた。それもかなり賑わっている。
あまり騒がしい場所が好きじゃないので行きたくはないというのが本心。でも行かなければここがどこなのか分からないので行くしかない。
私は重い気持ちで街と思われる場所に向かった。
森を出て、私はその光景に目を丸くしてしまう。
「どこ、ここ……」
そこはまるで小説の中に出てくるような異世界だった。日本のような和風な街並みだが、ここは日本ではないと何かが言っている。
様々な髪、瞳の色をした人が着物を着て歩いている。
木造の平屋の建物がずらりと並び、その向かい合う建物と建物の間には石畳の大きな通りがある。そこには大勢の人々がいた。街を照らすのは橙色を放つ灯篭と思われる物。
大声を出して客を集めている人もいて、とにかく賑わっている。こんな光景は初めて見るような。
「あんた、珍しい髪と目の色をしてるね。どこの国から来たんだい?」
私が何もせずにただその場に立ち尽くしてると、三人の女性にそう声をかけられた。
「め、珍しい?」
「珍しいとも。少なくとも私はこの国で黒の髪に黒の瞳は見たことがないね」
声をかけたつり目の女性は、菫髪に緑の瞳だった。後ろにいるのは赤髪に大きな瞳の黄色の女性と、明るい茶髪にたれ目で水色の瞳を持つ女性だった。
私の容姿を珍しいと言ったけれど、私から見れば彼女たちの容姿の方が珍しいと思った。
「ちなみに、ここは一体どこですか?」
私の言葉に女性たちは首を傾げた。その反応に私も首を傾げたくなった。
「知らないのかい?世間知らずな娘だね。ここは
そう菫髪の女性は丁寧に教えてくれた。
桜華国なんて聞いたことがない。世界でも一番有名だと言うと私レベルでも聞いたことくらいあるはずだ。
一体どこに、こんな和風な国があるのだろうか。
「で、あんたはどこから来たのさ」
そう赤髪の女性がぐいと私に近づいてそう尋ねた。好奇心旺盛といったように目を輝かせている。
「日本という国から。えと、ジャパン?」
私は一応英語でも答えてみる。だが、イマイチ彼女たちの反応はよろしくない。なぜ分かってもらえないんだろう。
今更なのだが、ここは日本という国ではないのに日本語が通じる。というか彼女たちも日本語を使い、あちらこちらから聞こえてくる会話は全て日本語だ。日本語を母国語にする国は日本以外にもあったことが私自身とても驚きだった。
「日本? ジャパン? 聞いたことないわ。一体どこにあるの?」
私は赤髪の女性の言葉にも驚いた。女性たちは本当に日本を知らないそうだ。
日本もそこそこ世界的に有名な国だと思ったのだけれど。日本の知名度は、その程度だったのか。
「中国のすぐ……右にある国。中国なら、分かるでしょ?」
これでやっと通じる、そう安心したのだが女性たちは首を傾げたままだった。
私は落胆してしまいたくなった。なぜこの人たちはこんなことすら知らないのか。本当に、ここはどこなんだろう。
「中国? もう、あなたはどこの国から来たの。いい加減本当のことを言って。私たちに嘘なんてついて何か悪いことでもあるの?」
疑いの目を私に向ける赤髪の女性はため息をついた。
本当のことなのだが、これ以上なんて言えばいいのか分からず、私はただ苦笑いを零した。
「本当のことなんですけど。私はこの桜華国というのも初めて聞いたので、混乱してます」
今度は女性たちが私の言葉に目を丸くして驚いた。
「桜華国を初めて聞いた? そんな人もいるのね」
「よほどの世間知らずか親がまともじゃなかったかのどちらかね」
世間知らずで親がまともじゃないのどちらも当てはまってる気がする。それに、そんな親から産まれた私もまともじゃない。
「それよりあんた、さっきも言ったけどここじゃ珍しい髪と目をしてんだ。それに付き人がいないんだったら尚更。悪商人に狙われるよ。……人身売買さ。早いとこ誰かに守ってもらわないといけないね」
人身売買。
その言葉に私は少し興味を示した。産まれてくる意味などなかった私に、人身売買によって誰かから必要とされるなら産まれてきてよかったと思えるかもしれない、と。
やはり私はまともではない。
「実は私ら王宮の王女様に仕えてる身なんだ。今はその王女様のご要望でお使いに出かけたところでね。よかったら一緒に王宮まで来るかい? あの人も今日いらっしゃるし」
「あの人?」
「ああ。この国で、王族の次に偉いお方さ。その人ならあんたを何とかしてくれるだろう。ほら、ついてきな」
そう女性たちに背中を押され、私は見知らぬ土地を歩き始めた。
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