エピローグ

気が済むまで、その場所で過ごしてから。アリシアと妹は、城に戻った。赤子のことは、捨て子を拾ったと言って誤魔化した。子を捨てる先、孤児院にも神殿にも。赤子が捨てられたなどという報告は、来ていない。そのことを不審がる者もいたが、先祖返りである妹に、面と向かって異議を唱えられる者などいない。結局、その子はウェルシュの森の入口に捨てられていたのだと。それが、結論となった。アリシアは妹と共に、ラースに呼ばれて、執務室を訪れた。赤子は、アリシアか妹に抱かれている間は、とても大人しい。けれど、どちらかと離れると、途端に大泣きする。そのため、執務室にも連れてこなければならなかった。妹が赤子を抱いて、アリシアと並んで、王の前に立つ。王は、赤子を示して宣言した。


「俺が正式に即位した暁には、その子供に、爵位を与えると約束しよう」


王は、そう言って目配せした。


「爵位なんて、いらないよ?」


妹は、不思議そうに言う。王は、机の上に置かれた地図を指し示した。


「それが、ちょうど空いている領地があってな。これは、お前たちに任せるべきだと判断した」


簡略化された、国内の地図。それを見ても、妹は気付いていないようだった。


「よろしいのですか? そこは、私の罪を理由に、父が王家に返還した領地のはずですが」


アリシアの言葉を聞いて、妹が目を丸くする。王は、その様子を見て、苦笑した。


「お前たちは、この赤子の他に、子をなすことはないだろうからな。エーレンフェストの上の兄は、おそらく、この国には帰ってこないだろう。エーレンフェストとマクシミリアンを、お前たちの代で絶えさせるわけにはいかん。分かるな?」


そう言われてしまえば、アリシアも反論のしようがないことは、分かっているだろうに。


「随分と、世渡りが上手くなられましたわね?」


「幸運なことに、良い師に巡りあえたからな」


王とアリシアの間で、火花が散る。折れたのは、アリシアの方だった。


「そうですね。私も、あのダヴィド・グヴィナーだけが有力者として残る様など、見たくはありませんから」


妹が、不満そうにアリシアのドレスの裾を引く。


「ねえ、全然わかんないよ、お姉ちゃん」


「いいのよ、あなたは分からなくとも。この子が、マクシミリアンとエーレンフェスト、両方の領主になるということだけ覚えておきなさい」


「ふうん。大変そうだねえ。無理だったら、断っていいからね!」


そう言って、妹は赤子を抱いて、円を描くように踊りはじめる。赤子が、楽しそうにしている。


「馬鹿ね。私たちの子供なんだから、そのくらいは当然、こなせるように育てるわよ」


「ええー。お姉ちゃんってば、意外と厳しいなあ。頑張るんだよ、お前」


そう言って、妹は何かに気付いたように、声を上げた。


「そうだ! 1番大切なこと、忘れてた! ねえ、お姉ちゃん。この子の名前、どうしたらいいかな?」


「……そうね」


Lct(光)、Sen(星)、lhn(輝き)。名前に入れたい文字の候補は、いくらでもある。けれど今は、決めきれないから。


「それじゃあ、後で2人で、ゆっくり考えましょう。この子が、世界で1番幸せな子に、なれるように」


アリシアは、そう言って。美しい微笑みを、浮かべた。


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