2人の子

妹が、先祖返りであるという話。それは、瞬く間に、城内に広まった。グヴィナーの支持者たちは反発し、アリシアの支持者たちは歓迎した。アリシアと妹は、そのどちらとも、関わりたくはなかったから。外出許可を口実に、2人で城を抜け出した。


「もう、戻りたくないよねえ」


疲れた様子の妹に、笑いかけて。アリシアは、口を開いた。


「そんなわけには、いかないわよ。先祖返りは、国を富ませる存在なんだから。あなたは、ここに居なくてはならないの」


「ええー……」


頬を膨らませて、妹がこちらを見る。その頭を撫でて、アリシアは笑みを深めた。


「私も、一緒にいるから」


「そんなの当たり前だよ! ……でも、ありがとう、お姉ちゃん」


そう言って、妹が口元を緩める。馬車は進み、やがて、マルム川を渡る。そうして、あの場所に辿り着く。崩れかけた木製の建物は、変わらずそこにあった。入口にいるベーアに、再び木の実を渡して、中に入る。


「お姉ちゃん! 私ね、お姉ちゃんより、明るくできるよ!」


そう言って、妹が歌うように口ずさむ。


「Lct he, i mie Hn【光はここに、私の手元に】」


妹が、手のひらを上に向ける。そこに、光の精霊が現れる。光の力は、人には扱えないと言われている。そうと知っていて、アリシアは何も言わずに、妹の頭を撫でた。


「凄いわ、エミリー」


妹が、得意げに笑んで。精霊を乗せていない方の手で、アリシアの手を取って、駆け出す。大きな穴の先、三つ叉に分かれた道。その、左側の道を目指して。妹は、進んでいく。


「今度は、こっちに行こうよ!」


アリシアは、されるがままになっている。こんなに楽しそうにする妹を見たのは、随分と久しぶりな気がして。


「ねえ、お姉ちゃんは、本で読んだんだよね? この先には、何があるの?」


「そうね。確か、光が差す、お花畑があるんじゃなかったかしら」


「えー! 穴の中なのに?! 凄いね、見てみたい!」


進む先に、緑色の水晶が2つ、並んでいる。その間の壁に、人1人が通れる大きさの穴がある。以前と違う場所は、1つだけ。穴の先から、光が差している。妹は喜びの声を上げて、その先へと進んだ。程なくして、感嘆のため息が聞こえる。アリシアも妹の後を追って、穴を潜る。広い空洞の天井に、大きな穴が空いており、そこから日の光が差し込んできている。日が差している部分の地面は、緑色の草と、色とりどりの花々で覆われている。その周囲には、入口にあったのと同じ、緑色の水晶が溢れていた。妹が、草で覆われた地面に、寝転がる。


「お姉ちゃんも!」


そう言って、伸ばされた手を。アリシアは、躊躇なく掴んだ。引き倒されて、隣に転がる。草の地面は、思ったよりも、寝心地が良くて。きっと、自分1人であれば、ここに転がるという発想なんて浮かばなかっただろう。妹と2人で、ここに来て。妹が人の姿に戻っていたから、意思疎通が取れて。全て、この状態に至るためには、欠かせないことだった。2人、草の上で転げ回って遊ぶ。まるで、子供の頃に戻ったかのように。否。子供の頃のアリシアは、遊びたくても我慢して、マクシミリアンの家に相応しい子供になろうと努力していた。だからこれは、アリシアにとって、初めての体験だった。家族と笑いあって、子供のように遊んで。いつまでも、こうしていたいと。そんな風に思うくらいには、楽しかった。


「ねえ、お姉ちゃん」


妹が、アリシアの頬に左手を添える。


「ずっと、一緒にいてくれるよね?」


「ええ」


「ホントだよ? ホントに、ずっとだからね?」


「当然よ」


2人は、顔を見合わせた。そうして、どちらからともなく、口付ける。お互いの唇を合わせて、それはまるで、恋人のように。


「あ……」


妹が、遠くを見るような目になった。アリシアは、首を傾げて、妹を見た。突然のことで、何が起こったのか、よく分からない。ただ、妹の心が、どこか遠くに行ってしまったような。そんな感覚に襲われて、アリシアは思わず、妹の手を掴んだ。


「あれ、何だろ、何か……」


妹が、夢を見ているような様子で、呟く。


「kmed【おいで】」


その呪文が紡がれた瞬間に、アリシアの体から、力が抜けていく。魔力、否、生気とも呼ぶべきものが抜けて、その場に漂う。雲のような何かが、2人の間に浮かぶ。妹の手が、雲に触れて。白い靄のようだったそれが、別の形になっていく。それはまるで、赤子のような形だと。アリシアは、そう思った。


「……エミリー?」


声をかけると、妹は何度か、まばたきをした。戻ってきた。そう思えて、安堵する。


「……あれ、ごめん、お姉ちゃん。何だか……あんまり楽しくて、幸せで、それで、欲しいなって、思って……」


アリシアは、赤子に触れて、微笑んだ。


「これも、本で読んだことがあるのだけれど」


妹は、真剣な表情で、アリシアの次の言葉を待っている。


「先祖返りの人にはね、特別な力があるの。これはきっと、その1つ。この子は、今、この世界に生まれたの。私とあなた、2人の生きる力を継いだ子供。そうね、わかりやすく言うなら、私たち2人の赤ちゃんみたいなものよ」


正確に言えば、それは人ではなく、精霊と似た存在だと言われている。人と同じように育ち、人よりずっと、長く生きるモノ。けれど、アリシアはそのことを、妹には告げなかった。妹は、人ではないと言われ続けてきた。それを苦にしているのだから、人ではない存在を生み出したと告げれば、きっと気にしてしまうだろう。そう考えて、アリシアは、妹に真実を伝えなかった。妹の目が、大きく見開かれる。アリシアが隠し事をしていることには、気付かずに。妹は笑って、赤子を抱いた。


「そうなんだ! じゃあ、絶対に、幸せにしてあげないとね!」


赤子は、妹の腕の中で、笑っている。苦労も、心配も、ないわけではない。それでも、妹と、その赤子を見ていると。きっと幸せになれると、そう確信できた。

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