判明する事実

次の日。アリシアは、妹よりも先に目を覚ました。客間のベッドは1つだけで、そのベッドで2人、抱きあって眠ったから。妹の両腕が、アリシアの体に回されたままになっている。


「エミリー。朝よ、起きなさい」


そう言って揺すると、妹が身じろぐ。


「えー。まだ、早いよ……。もう少し、寝てようよ、ね?」


線のようになった目で、妹がアリシアの方を見る。アリシアは、妹の頭を撫でて、その額に口付けた。妹が、目を見開く。


「目は覚めた?」


アリシアが微笑みかけると、妹は口を尖らせた。


「もう! びっくりするじゃない、お姉ちゃん!!」


けれど、それも長くは続かなかった。妹の口が、次第に、笑みの形へと変化していく。


「……もう。お姉ちゃんってば」


妹の顔が近づく。アリシアは、避けなかった。頬に、口付けが落とされる。


「お返し!」


妹が、頬を少し赤くして、アリシアの体から腕を離す。そうして、勢いよくベッドから飛びおりた。アリシアは笑って、妹の後を追うようにベッドから出た。その時までは、確かに、幸せな朝だった。部屋の扉が、外から叩かれる。妹が走っていって、扉を開ける。外にいたのは、まだ若い修道士だった。妹を見て、顔を引きつらせる。その様子に、妹が首を傾げる。修道士は、妹と目を合わせないようにしながら言う。


「その……神殿に、聖女様をお呼びしておりまして。儀式に使う物を、清めていただくため、なのですが。その……僕ではなくて、だから僕を恨まないでいただきたいのですが、悪魔が……」


アリシアは、妹と修道士の間に立った。


「後ほど、神殿にお伺いします。ですので今は、お引き取り願えますか?」


笑顔で告げて、追い返す。妹が、不安そうな表情で、こちらを見ている。


「どうしたの? 何か、あったの?」


「……そうね。どうやら、神殿で聖女様に、会わなくてはならないようだから。一緒に、来てくれるかしら?」


アリシアが聞くと、妹は真剣な表情で、頷いた。


────


神殿を訪れたのは、何度目だろう。人々が見守る前で、白い塗料で描かれた円の上に、妹が立っている。アリシアは、その側で、見守ることしかできなかった。妹は、これから何が行われるのか、分かっていないようだった。けれど、好奇の視線に晒されていることだけは、感じているのだろう。落ち着かない様子で、アリシアの方を見ている。その気持ちは、アリシアも同じ。否。何が行われるのか、知っているから。アリシアは更に、不安も感じている。それでも、笑ってみせるのは。姉としての、矜持があるから。大修道士が、周囲に聞こえるように、宣言する。


「これより、悪魔の娘に対する、審判を行う!」


周囲の視線が、妹に集まる。要となる聖女はといえば、常と同じ表情で、水を清めている。火ではなく、水で審判を執りおこなう。それは、とても珍しいことだ。誰もが疑問を持ちながらも、聖女の判断であるが故に、表立って異を唱えることはない。どちらを使おうと、結果は同じだと。誰もが、そう思っている。アリシアは、妹に罪がないと信じている。けれど、それでも。不安は、拭えない。聖なる力は、魔の力に反発する。ベルトルトならともかく、妹は、天性の魔術師だ。清められた水が盥に張られ、妹が片足を水に入れる。その場にいる誰もが、妹の足が爛れる様子を、思い浮かべたことだろう。アリシアも、最悪の状況を想像して、息を止めた。けれど。周囲で、ざわめきが起こる。妹の足に、変化はなかった。アリシアは、胸をなで下ろした。


「ほらね。だからアタシは、心配はないと言ったんだ」


聖女の言葉に、大修道士が声を上げる。


「しかし、この娘は……! 魔術師であり、悪魔の力を借りていると、報告があったのです!」


「魔術師であることが罪なら、この国の貴族は皆、罪人だろうさ。この子はただ、人よりも才能があるというだけ。まあ、そうだね。報告にあったように、傷の治りが早いと言うのなら。おそらくは、先祖返りなんだろう」


大修道士が、言葉を失う。誰もが、驚愕していた。アリシアも、例外ではない。何故、今まで、その可能性を考えなかったのか。先祖返り。それは、昔々に存在していたという、神にも等しい力を持った存在の血を引く証明。2枚の翼で大空を舞い、人に恵みをもたらす存在。神の使いとも言われる、伝説上の生物。


「龍の血を引いているという、あの……?!」


大修道士の声が、震えている。龍とは、人に恵みをもたらすと同時に、人を裁く存在でもある。その血を引く者も、同様に。恩に報い、仇を討つ者だと、言われている。聖女が笑って、アリシアに視線を向けた。


「そこの娘に手を出さなけりゃあ、何もしないさ。あの子たちは、情を寄せた者に甘いからね」


妹は、まだ、不安そうにしている。アリシアは、迷わず近寄って、その手を取った。先祖返りだったとして、それが何だと言うのか。


「大丈夫よ、エミリー。何があっても、私はあなたの姉。あなたが、そう望んでくれる限り、変わらずに。ずっと、側にいるわ」


そう告げると、ようやく妹は、笑ってくれた。

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