姉と妹

妹と話している間に、日は昇りきっていた。


「……ねえ、お姉ちゃん。私、外に出てみたい」


「そうね。それじゃあ、中庭に出てみる?」


「えっと……」


妹が俯く。アリシアは、その両頬に手を添えて、顔を上げさせた。


「行きたいところが、あるのでしょう。それなら、ちゃんと言わないと、伝わらないわよ?」


妹が、笑顔になる。


「……うん。あの洞窟にね、もう1回、行ってみたいの」


妹と共に訪れた洞窟、それはあの、マルム川の東にある、ベーアたちがいる建物から行けるところに、違いない。


「いいわ。行きましょう。でも、その前に。ラース王子に、外出のための許可をいただかなくてはね」


そう言って、アリシアは部屋の扉を開けた。


わたくしは、行ってくるわ」


「あ、私も……」


妹が、アリシアのドレスの裾を掴む。


「大丈夫? ここは、あなたにとって、風当たりが強い場所のはずだけど」


「大丈夫。お姉ちゃん以外の人に、何を言われたって、気になんかならないよ」


答えとは裏腹に、妹の手は震えている。けれど、アリシアはそのことに気付かない振りをして、微笑んだ。


「そうね。じゃあ、一緒に行きましょうか」


そう言って、扉を開ける。扉の側に立っているベルトルトが、こちらを見た。妹が、アリシアの背に隠れる。ベルトルトは、貴人に対する正式な礼を取った。


「お帰りなさいませ」


ただ一言、そう言って。それで終わり。何も訊かずに、2人を守るように。ベルトルトは、少し後ろから、歩いてついてきてくれた。そんな彼の姿に、妹が安心したように笑う。アリシアは、歩き慣れた道を、妹の手を引いて進んだ。ベルトルトの案内がなくとも、辿り着ける場所。執務室を、目指して。歩いていると、目の前に、何事かを囁き交わしている使用人たちがいた。


「エミリー。今は、令嬢の作法なんて気にしなくていいわよ。耳を、塞いでなさい」


後ろにいる妹にだけ、聞こえるように言う。妹は頷いて、両手で耳を塞いだ。


『あれは、誰だい?』


『知らないさ。噂の、妹とやらじゃないのか?』


囁き交わされている声が、聞こえてくる。アリシアは目を細めた。


『だって、噂じゃあ、人でない姿になったそうじゃないか。あれは、人に見えるがね』


『それもそうか。どちらにせよ、恐ろしいモノに決まってるさ。なんたって、あのご令嬢は、悪魔と契約したんだから』


この言葉を、妹が聞かなくて良かったと。心の底から、思う。アリシアを見ても、使用人たちは噂話を止めない。その横を、妹と共に通りすぎる。2人にとっては幸いなことに、その後は人に会うこともなく、執務室に着くことができた。執務室の扉を開けると、ラース王と目が合った。王が、口を開く。


「アリシアか。なんだ?」


「外出許可を、いただきたいのです」


「そうか。構わない。1人分で、いいか?」


「いいえ。2人ですわ、ラース様」


アリシアの言葉を聞いて、王はようやく、妹の存在に気付いたようだった。目を見開いて、次いで、笑む。


「そうか。望みを叶えたんだな。なら、俺は何も言うまい。外出許可は、出しておく」


「ありがとうございます」


王に一礼して、部屋を出る。ベルトルトが前に立って、道を示す。それに従って進むと、行きとは違う道を通ることになる。けれど、ベルトルトが迷いなく歩いていくのなら、問題ないと判断して。アリシアは、妹と共に、そちらに向かった。その道は、入り組んでいて複雑で、1度歩いただけでは到底、覚えられなかった。けれど、だからこそ。人と1度も会わずに、部屋に戻ることができた。部屋に入って、扉を閉める。


「ベルトルトさんも、ラースくんも。優しかったね。……ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、大したことじゃないって、言うのかもだけど。でもね、全部。お姉ちゃんの、おかげなんだよ」


「まったく」


我知らず、笑みがこぼれる。


「私の気持ちなんて、気にしなくてもいいのよ。でも、ありがとう、エミリー」


向かいあって、どちらからともなく、笑いあう。それはとても嬉しくて、とても幸せなことだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る