儀式

次の日。アリシアは早朝に、目を覚ました。ベッドの上で上半身を起こして、胸に手を当てる。今日、妹と話すための儀式を行う。もしも、失敗したら。そう思うと、心臓の鼓動が速くなる。それを何とか落ち着けて、ベッドから出る。そして、妹の物だった机に向かう。本の内容を書き写した紙を手に取って、読み返す。


「声を聞く。イミロルダを『星を閉じ込めた水』に沈める。エールエの枝とコギリュウの葉で冠を作って渡す。片方の手を水に沈めたまま、話したい存在に触れる。『彼らがあなたに心を開いてくれたのなら』話ができる」


机の上に置いた盥と、あの冠。それと緑色の宝石イミロルダ。必要な物が揃っていることを確認して、アリシアは胸元に入れていた、『星を閉じ込めた水』が入った革袋を取り出した。革袋の口を開けると、星の光があふれ出す。淡い、白色の光だ。袋の中の水を盥に入れると、水が大きく波打った。水が揺れる度に、星が放つ淡い光が、水面に広がる。アリシアは、イミロルダを水に入れた。星が、鉱石を中心にして、細長い円を描くように回る。その様子を見ながら、アリシアは自分の手と机の間に落ちている影の上に、枝と葉で作った冠を置いた。そして、左手を水の中に入れる。星の光が、アリシアの手を包んだ。ここまでは、順調に進んでいるはずだ。右手で、冠の中心に見えている、天板に触れる。もしも、妹がアリシアに心を開いてくれるなら。ようやく、妹と話すことができる。アリシアは、誰かに聞かれることがないように、声量を落として話しかけた。


「エミリー、お願い。あなたが何を望んでいるのか、何を考えているのか。それが、とても知りたいの。私に、教えてくれる?」


一瞬の静寂。妹は、やはりアリシアを許してくれてはいないのだろうか。そう思って、手を机から離そうとした時。


「Kns d mc hrn,shetr?【お姉ちゃん、聞こえる?】」


妹の声が、聞こえた。聞いたことのある言葉、聞いたことのある言い方。ただ、今までとは違うことが、1つだけある。その言葉の意味が、分かるようになっているのだ。


「Hy, hy! hrn? Srce? We ghs, Shetr?【ねえ、ねえってば! 聞こえる? 話せる? どうなの、お姉ちゃん】」


いっそ、驚くほどに。妹は、昔と変わらない話し方だった。


「……聞こえる、けれど。あなたは、私を恨んでいないの?」


「Wrm? Die Shetr mg mc i dee Fgr, nct wh? Nn, ih wr bract, as ih kr vr dm Td sad. Iflees knt ih e si, ud ac de lee Shetr wre grte. Ih gab nct, ds e gt wr. Wn e dee Fgr it, deeie, de de lee Shetr sh lee kn【何で? お姉ちゃんは、この姿の私が、好きなんでしょ? そりゃあさ、死のうとした時にはビックリしたけど。結果的に、私はこうなれて、お姉ちゃんも助かった。私は、良かったと思うな。この姿なら、お姉ちゃんにたくさん、可愛がってもらえるもの】」


その言葉を聞いて。アリシアは、僅かな違和感を抱いた。


「どういうこと……? あなた、まさか……」


聖女の言葉が、蘇る。


『お主の妹御が、人に戻らぬのは……そうじゃな。悪魔の呪いで、そうなったわけではない。お主の望みと、妹御の望みは違う』


今、妹が言ったこと。それと合わせて考えれば、すぐに答えは出た。妹は、本当は今すぐに、人に戻ることができるのだろう。けれど、戻らない。アリシアが愛しているのは、その姿であり、妹自身ではないと。そう、考えているから。


「……ふざけないで」


胸の奥で、火が付いた。最初は、そうだったかもしれない。けれど、妹と共に今まで過ごしてきて。妹に、何度も助けられて。仲良くなれたと思ったのが、アリシアだけだった、なんて。


「私は、あなたに会いたかったの。間違えてしまったことを、謝りたかった。そして、今度こそ。本当の姉妹に、なりたかったのよ」


つい、語調が強くなってしまう。誰に怒っているのか、なんて。決まっている。妹に、そんな勘違いをさせてしまった、自分自身に。アリシアは誰よりも、怒りを抱いているのだ。

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