妹を連れて、城を歩く

水の月の、強い陽射し。その下を、妹と歩く。そこは、王城の中庭だ。思えば、ここに来てからずっと、妹との時間をまともに取ってこなかった。影から出られなくとも、一緒に歩くことはできる。アリシアは妹をつれて、城の中を歩いてみようと思った。妹も、アリシアも。城に来たのは、初めてだ。それでも、ベルトルトの案内があれば、迷う心配はない。騎士の家系であるエーレンフェストで生まれ育った彼は、幼い頃から城に出入りしていた。そのため、城内をよく知っている。どの道が、どこに繋がっているのか。緊急時の避難路はどこにあって、どこに出られるのか。そういったことを、覚えさせられているのだ。エーレンフェストとは、そのような家だ。


(思えば、私がベルトルトと婚姻できたのも、マクシミリアンの家に生まれたからなのよね……)


当然のことだが、城内の地図が紙の形で残されることなどない。形にしてしまえば、どれほど厳重に保管していようとも、いずれ何らかの形で外に出てしまうのだから。そうなれば、終わりだ。戦争が起きたとき、自国が不利になってしまう。故にそれは、人の頭の中にある、知識でなければならない。王族や、その護衛役となる少数の人間の間でのみ共有される、忘れてはならないもの。それを知るエーレンフェストの人間は、一生を国内で過ごすことを義務づけられている。けれどそれは、国や王との結びつきが強いということでもある。王族の女性がエーレンフェストに嫁ぐことも、少なくない。家格が落ちるというのも、グヴィナーやマクシミリアンと比べての話であり、けして軽視して良い家ではない。マクシミリアンの家に生まれたことは、アリシアにとって、不運だったと。今までは、そう思い続けていた。けれど、気付かない所で。その家の恩恵を、確かに受けていたのだと。そんな当たり前のことを、強く実感する。アリシアは、青い小さな花が集まって、球体となっている植物に触れる。花弁に付着していた水が、指についた。雨上がりの庭はまだ、土が湿って、色も濃くなっている。照りつける太陽の強さに耐えきれなくなって、アリシアは庭の隅に建てられている、ガゼボに入った。ガゼボは屋根と柱だけの簡素な建物で、雨や強い陽射しを避けて休むためのものだ。簡易的な椅子と机もあり、そこでお茶を飲むこともできるようになっている。


「Hte-khe,akhe-wn.Dr-gbue-inrab-nr【熱を冷ます、冷たい風。その建物の中にのみ】」


アリシアが身につけている指輪が、淡く白い光を放つ。ガゼボの外に、柱を背にして、ベルトルトが立っている。彼に魔術の風が当たらないように、呪文にガゼボのことを織り込んで紡ぐ。無風だったガゼボ内に、涼しい風が吹き抜ける。陽射しによって熱を感じていた体の温度を、下げるために。アリシアの影の、輪郭が揺らぐ。妹が楽しんでくれているようで、アリシアも嬉しくなった。


────


少し休んで、体から熱が抜けた後。ベルトルトに、あまり無理をさせたくないという思いで、アリシアは庭園から城内へと戻った。水の月、それもこれほど陽射しが強い時に、外を出歩こうとする者は少ない。城内も、外ほどではないものの、人が少ない。最も、それはアリシアにとっても、助かることだった。神殿の古書を借りてすぐに、珍しい触媒を取り寄せた。そして、部屋に1日、籠もっていた。それらのことから、アリシアを非難する者は多い。気にしないようにしていても、耳に入ってくれば、気分はどうしても落ちこんでしまう。その声が聞こえないことは、アリシアの心を軽くした。静かな城内を、ベルトルトと共に歩く。影の中の、妹を連れて。ベルトルトは、足音を立てていない。アリシアの足音だけが反響して、返ってくる。そうして、日が傾くまで城内を散策して。アリシアは、部屋に戻った。

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