星を手にするために

机の上に、金塊を並べる。中央に空いた場所を作って、上下に金塊を1つずつ。縦に並べて置く。左右にも、同じ数だけ。今度は、金塊を横に並べて置く。その中央、空いている所に赤い宝石を置く。


「Fur-efgn-shezn,wse-wie-vrel.Mce-fr,hf-wre.【火により溶けて、水のように広がる。作られる形は、柄となる】」


金塊が個体から、液体に変わる。粘性のある液体は、赤い宝石を中心にして、新たな形を作っていく。それは、刃のない剣だった。金色の柄に、赤い宝石が輝いている。まず、1つ目の触媒ができた。柄を妹の机の上に置いて、新たに赤白青緑の、4色の宝石を複数個、机に並べる。少し悩んで、黄色の宝石を追加した。光は、人には扱えない力だと言われている。だからこれは、お守りのような物だ。


「Fr-nct-mct-nhezie.Ve-mct-mnce-sce,Lct-mct-gt-sce.Mct-imr,dr-si.【形のない力を取り出す。4つの力は人のもの、光の力は神のもの。力は常に、そこにある】」


宝石が、同じ色の光を放つ。光の粒子がアリシアの中に、吸い込まれていく。これで、触媒は準備できた。『星を閉じ込めた水』を作る。そのために、アリシアは星を取りに行かなければならない。あの決闘でしたように、一瞬加速するだけなら、さほど難しくはない。けれど、空を飛び続けることは、人の身では不可能だ。空の向こう。天上の世界。そこに行けるのは、死した人間の、魂だけだ。けれど、アリシアはどうしても、そこに行かなければならない。深く、息を吸う。方法はある。死ななければ行けないというのなら、死んだような状態になればいい。擬似的な死によって、魂と体を分ければ。きっと、星に手が届くだろう。試したこともない方法。本当に、死んでしまうかもしれない。怖い。嫌だ。そんな思いを、抑えこむ。


『そこの娘は確かに、王であることの意味を、お主よりもよく知っているじゃろう。じゃが、それ故に王となってはならぬ』


聖女の言葉を思い出す。今なら、その意味がよく分かる。陽の冠を戴いた王が、己の欲のために死を選ぶことなど、あってはならない。王とならなかったからこそ、アリシアは今、この決断ができるのだ。アリシアの命は、アリシアだけのものだから。ベッドに横になり、先ほど作った柄を両手で握って、刃がある部分を下に向けた状態で、胸の上に掲げる。


「Dee-hn-usctae-kig【この手には不可視の刃】」


掲げた柄、その先の空間が、刃の形に歪む。アリシアは歪んだ空間を見据えて、手を離した。刃が真っ直ぐ落ちてくる。それが、アリシアに刺さる寸前で止まった。アリシアは起き上がらずに、右手で柄を押しこむ。けれど、刃は刺さらない。寝ている状態で、よく見えない。それでも、が刃を抑えているのかは、分かったから。


「約束するわ。必ず、帰ってくるって」


小声で呟く。その瞬間に、刃を抑える力が緩んだ。均衡が崩れる。見えない刃が、アリシアの胸に刺さる。


「Mr,selnr-nr-eitn-wre【我は、魂だけの存在となる】」


意識が遠くなる。気付けば、アリシアは上から、自分の体を見下ろしていた。着ている服もそのままで、目の前に自分の体がなければ、魂だけの存在となったことは、実感できなかっただろう。そう思いながら、自分の体とベッドの間、その影に触れる。


『行ってくるわ』


「src shetr」


返ってきた言葉の意味は、相変わらず分からない。魂だけの存在になれば、『星を閉じ込めた水』がなくとも、妹と話せるかもしれないと思った。けれど、そうはならなかった。僅かに落胆したけれど、気持ちを切り替えて。アリシアは、窓と向かい合う形で、壁際に立った。白い光の粒子を一粒、床に落とす。


『Dr-tep-hc,ghnukf-hme.Selnr-nr-aftie-ot.Mr-flg-nct,mr-selnr-lieakme【その階を上り、行く先は空。魂のみが昇る場所。我に翼はなけれども、我が魂は辿り着く】』


アリシアの目の前に、階段が現れる。白い、四角い段。それが窓を抜け、雲の向こうまで伸びている。雨はまだ、止んでいない。アリシアはゆっくりと、その階段を上りはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る