古書に書かれてあることは(後編)

古言語の辞書を置き、本を開く。今とは違う文法に苦労しながら、何とかその節を読み解く。最初の部分には、あまり有益な情報はない。


『Wn Se e ac z enm s gtn Tg mce wle.』


その1文から先に、『Simn(聞く)』と『hrn(声)』という単語が入った文章がある。妹の声を聞く、そのための手段は、ここから先に書いてあるのかもしれない。そう思って、辞書を引く。『smrg』は予想通り、イミロルダという鉱石のことだった。その石は珍しくはあるが、入手出来ない物ではない。むしろ問題は、『Wse,ds de Sen gfne ht, 』の部分にある。何度読もうとも、変わらない。そこには、『星を閉じ込めた水』と書いてあった。水に鉱石を沈める行為。それ自体は、アリシアが決闘の準備をしていた時に行っていたことと同じだ。けれど、星を閉じ込める、なんて。そんな魔術は、知らない。劣化した紙の状態から見て、書かれている言語から考えて、それが記された時代のことを思う。その時代は、魔の力が身近だった。それ故に、今よりも多くの魔術を、今よりも多くの人間が使っていた。当然の知識、当たり前の魔術として『星を水に閉じ込める魔術』があっても、不思議ではない。この本を書いた人間は、その魔術が後に失われていることなど、考えもしなかっただろう。そのことが、絶望を加速させる。この本を読み続けても、失われた魔術についての情報は、出てこないということなのだから。盥に張った水に星を映しても、きっと『星を閉じ込めた水』は作れない。アリシアには、古くから続く魔術師の家系で、欠かさず自らを磨き続けてきた自負がある。だからこそ、分かってしまう。この国の、どこを探しても。その魔術は、見つからないと。聖女といえど、その魔術を知っているという確証はない。神と魔は相反するものであり、聖女は神の側に立つ存在だ。魔術に詳しいとは、限らない。それでも、もしかしたら、何かを知っているかもしれないなんて。アリシアはそんな理由をつけて、自分を納得させようとした。そうしなければ、心が折れてしまいそうだったから。深呼吸して、その節を読むことだけに集中する。『Sehamnwie』はおそらく、エールエの枝。『Lrerlten』はおそらく、コギリュウの葉のことだろう。それらを使い、作った冠を渡す。やっとのことで、そこまで読んだ。エールエの枝はすぐに手に入るが、コギリュウの葉は他国にしかない。それでも、手に入れる方法が分かっているのなら、まだマシだ。冠を作る呪文についても、心当たりがある。決闘の準備をしていた時に使った呪文、『Mct-zsme-bue-ln-efle【力と共に、花は地に満ちる】』は、狭間の世界に存在する花畑への道を開くことができる。そして、その副産物として残るのが、大きな花の輪だ。使う物が枝と葉であること、道を開く必要がないことなど、細かな差違はある。けれどそれは、呪文を少し変えれば解決できることだ。だから、『星を閉じ込めた水』の部分を見たときほどの絶望は感じない。ただ、不安は残る。コギリュウの葉を触媒としたことは、1度もない。動植物を触媒とするのは、鉱石よりも難しいとされる。コギリュウの葉は貴重な物だ。失敗は、許されない。そう思いながらも、手は止めず、読み進める。片方の手、沈める、水、彼、触れる、もう一つの。断片的な言葉を繫いで、推測する。ここでは、両手を使うのだろう。片方の手を水に沈めたままで、話したい存在に触れればいい。簡単なことだ。アリシアは息を吐く。あと1文。それで、この節を完全に読むことができる。『Wn se dr di Hr efnt hbn, 』の部分。それは、アリシアが妹と話をするために必要な、最後の条件。『星を閉じ込めた水』など、その条件に比べれば、まだ軽く感じる。息が止まる。調べなおして、読みなおして、それでも書いてあることは変わらない。


『彼らがあなたに心を開いてくれたのなら、』


それは、望むことすら許されないような事なのに。

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