試練の後に

アリシアは、隣で手を繫いでいるラース王子に視線を向けた。王子はいつの間にか、金色の冠を頭に乗せている。冠は暖かな光を放っており、あの時頭上から差し込んだ、陽の光を思い出させた。冠には、炎と波、緑の蔦と白い鳥の紋様が刻まれている。その冠こそ、ラース王子が次代の王として選ばれた証。周囲の貴族たちが、冠に気付いた様子で、こちらを見ている。そして、何事かを、囁き交わしあっている。アリシアは、何も言わなかった。今、何を言おうとも、どうせ邪推されるのだ。言葉に意味がないのなら、沈黙こそが正しいと。そう、判断した時。1人の貴族が王子の前に進み出て、言った。


「ラース様、おめでとうございます」


その顔を見て、アリシアは冷ややかな眼差しを向けた。グヴィナーの支持者が、何の用で声をかけてきたのか。それは、ラース王子も同じ気持ちだったらしい。顔をしかめながらも、ひとまず話を聞こうとする。貴族は、そんなラース王子の様子には気付かずに続ける。


「今度ばかりは、その女にも愛想が尽きたのではありませんか? 所詮、王位を狙う不届き者にすぎないと。あなた様も、実感なされたのでは」


ラース王子が、呆れたような表情になる。何も知らない貴族にとっては、アリシアが王位を簒奪しようとして失敗したように、見えているだろう。その気持ちは分かる。アリシアとて、あの陣に足を踏み入れていなければ、同じように考えていただろうから。ただ、今回が例外だっただけ。王子も、そのことは分かっているのだろう。今のところ、貴族の言葉を気にする様子はない。


「お前たちが想像するほど、アリシア・エーレンフェストは愚か者ではない。この即位式で、私はむしろ、彼女に助けられたのだ」


その言葉は、王子とアリシアにとっては、単なる事実だ。だが、周囲の貴族たちからしてみれば、予想外の言葉だ。貴族たちの囁き交わす声が、先ほどよりも大きくなる。無理もない。かつて、即位式に付き添った王族は例外なく、新たな王となった者によって投獄させられた。アリシアもそうなると思われていたことは、想像に難くない。グヴィナーの支持者たちにしてみれば、即位式の後こそが好機。そうと信じて、逃さぬようにと、いち早く話しかけてきたのだろうから。


「し、しかし……。陽の冠は、あなた様の頭上で輝いているのです。それは、あなた様が王となられた何よりの証拠ではありませんか。その女の企みは、失敗に終わったのです。何、お気になさらずともよろしい。あなた様が思うよりも余程、その女は執念深い人間ですよ。何しろ、マクシミリアンでは自身の手腕が通用しないからと、家を捨ててエーレンフェストを頼ったほどですからな」


アリシアは、目を細めた。最初に声をかける、まではいい。だが、王子の言葉を聞いてなお、アリシアを非難し続けるのは良くない。それは悪手だ。王子の眉間の皺が、だんだんと深くなっていく。アリシアの悪い噂をいくら吹きこもうとも、今の王子は信じないだろう。貴族がしていることは、ただ、グヴィナーの株を下げているだけだ。アリシアの視界の端で、グヴィナーの支持者たちを取りまとめている男が、前に出た。そして、貴族に何事かを囁く。貴族が慌てたように下がって、男が代わりに王子の前に立つ。


「私の教育が行き届いておらず、ご不快な思いをさせてしまいました。申し訳もございません。罰するのでしたら、どうぞ、私を」


丁寧な礼を受けて、王子は少し考えこんだ。彼はホイアー侯爵。先王から重用されていた男だ。柔和な表情で、物腰も柔らかい彼の様子に、王子の怒りも少し収まったのだろう。


「……ホイアー侯には、世話になっているからな。今日のところは、その顔を立てて不問とする」


結局、王子はそう告げた。ホイアー侯爵が、深く頭を下げる。それで、この件は終わり。結果として、グヴィナー側は多少打撃を受けたが、取り返せないほどの傷は負わなかった。

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