聖女の試練(後編)

「どちらにも、資格はある」


聖女は、表情を変えずに言った。


「より王として相応しいのは、どちらだと思うのか。聞かせてもらおうじゃないか」


真っ直ぐに、こちらを見据えた。その、真剣な表情。


「さて。どうするね?」


「アリシアが望むなら、譲っていい」


答えたのはアリシアではない。アリシアの隣、ここまで共に歩んできた、ラース王子だった。


「俺は、この国を変えたかった。だが、それなら。俺よりもアリシアの方が、上手くやれるだろう」


アリシアは目を細めた。それだけ、信頼されているということだろう。だが、ここで譲るというのなら。彼にはやはり、任せられない。最後まで意志を持ち続け、願い続けなければ、王としての重圧は乗り越えられないだろう。そう考えて、口を開く。


「ええ。自らの手で、自らの願いを叶えようとしないのならば。その任は、私が務めます」


「なるほどのお。双方の言い分は、よく分かった」


聖女が、何かを企んでいるように笑む。


「ならば、次の王を決めるとするか。のお、ラース・クロイツァよ」


ラース王子が驚いた様子で、アリシアの方を見る。アリシアはため息をついた。


「それが、聖女様の決定であれば。私は、従います」


「待て! 俺は……!!」


何か言いかけたラース王子を遮って、聖女が告げる。


「馬鹿者。己の望みは、己で叶えるものじゃ。そこの娘は確かに、王であることの意味を、お主よりもよく知っているじゃろう。じゃが、それ故に王となってはならぬ」


「それは、何故ですか?」


問いを投げたのは、アリシアだった。


「今は理由を告げられぬ。いつか、お主が目的のものを見つけた時に、この意味が分かることじゃろう」


ラース王子が戸惑った様子で、アリシアの方を見る。アリシアは彼を見返して、口を開いた。


「私の望みは、妹を元に戻すこと。そのために、神殿の書庫で手がかりを探したいのです。ですが。それは、王にならずとも出来ること。聖女様は、そのことを見抜かれておられるのでしょう」


ラース王子は、納得がいかない様子を見せはしたが、聖女とアリシアの決意が変わらないことを悟って頷いた。


「決まりじゃな。では、最後の仕上げをするか」


そう言って、聖女が王子を指す。


「De Fsiki dr Ed. Epti fr Wse. Lieshf ds Fur. De Lihiki ds Wne. De ve Eeet, de de Wl utrtte, de nct hle, ac wn wlh fhe. Ds Lct it a Hme. Dnehi it af dr Ed. De Mct sls, de nct gshn wre kn, sls wn se e it. E it gt, ac wn e e nct wi. Wn dr Kng vn aln glet wr ud e dreie it, dr als knrlirn kn.」


呪文のような音。それは、妹が使う言葉と似ていた。緑と青、白と赤色の光が、ラース王子を包む。空から陽が差して、濃い影ができる。音の意味は分からなかったが、その現象の意味は分かった。聖女が、ラース王子に祝福を与えているのだと。王子とアリシア、2人の影が長く伸びる。アリシアの影が、少し薄く見えるのは、気のせいではないだろう。そこに、本当の妹がいる。そう確信できる、確かな証。アリシアは、心の底から安堵した。赤い花が、日の光に照らされて輝く。土の道に、花が咲く。そうして、周囲が花で満たされる。その花が、一瞬で同じ色の水に変わる。全身を水に浸しても、息苦しさは感じない。ラース王子が、アリシアに向けて手を伸ばしてきた。アリシアは、その手を取った。それと同時に、水が周囲で渦を巻く。回る水が細い輪となって、赤く燃える炎の輪へと変化する。いつの間にか、聖女の姿は消えていた。赤1色の世界の中で、アリシアは王子と、手を繫いで立っている。炎の輪は胸から腰へと下がっていき、やがて地面につく。地の上に走る炎が、いっそう強く燃え盛り、目を開けていられないほどの強風が吹く。少しして、風が収まったことを感じたアリシアは、閉じた目を開けた。そこは、神殿の中央。七色の塗料で描かれた、円の中だった。

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