即位式

アリシアはラース王子と共に、即位式に臨んだ。神殿の中央に、七色に光る塗料で、円が描かれている。円の中央に、国章が刻まれた石がある。本当は、その円の中に入るのは、次代の王のみだ。まだ幼い王族であれば、現王が共に行くのが通例だ。けれど、現王は既に、この世には居ない。にもかかわらず、ラース王子は未だ、付き添いが必要な年だった。故に、例外として。教育係であるアリシアが、共にその円の中に入ることが決まったのだ。足を踏み出す。円を超える。その瞬間に、周囲の風景が一変した。ラース王子が驚いた様子で、周囲を見回す。アリシアはその横で、状況を見極めようとした。赤い花が、1面に咲いている。まるで、その場が炎の海になったかのような光景。その中央に、道が作られている。手前から奥へと向かう一本道。そこだけ、花が咲いていない。土で作られた道は歩きやすく、障害物があるようにも見えない。ここは、聖女が張った結界の中だという。ここから中央の道を歩いて、遙か遠くに見える、聖女の居る場所まで行く。それが、即位の儀で行われる試練だとは聞いていた。だが、実際に何が起こるのか。そこまでは、知らなかった。ラース王子の様子から、彼も知らされていないことが分かる。王子が落ち着くのを待って、アリシアは彼と共に、その道を歩き出した。この場所に、暗殺者が入り込む心配はない。その代わりというわけではないが、ここでは、何が起こるか分からない。今はまだ試練というには穏やかすぎる気もするが、気は抜かない方が良いだろう。アリシアがそんなことを考えていると、視界の隅に、動くモノが見えた。ラース王子がそちらを見る。何が通ったのかまでは、視認できなかった。何が通ったのか確認しようと、ラース王子が足をその方向に向ける。この道を、逸れてはならない。即位式の決まりは、それだけだ。アリシアは繋いでいた手の力を、少し緩めた。王子としての使命と、子供らしい好奇心。どちらにラース王子の天秤が傾くのか、見極めるために。王子は、完全に手が離れる前に立ち止まった。どうやら、天秤は使命の側に傾いたらしい。そうして、アリシアを見て。彼は少し落ち込んだようにして、口を開いた。


「……すまない。気をつける」


「いいえ。あなたがそちらに向かうのであれば、それも仕方のないことと、思っておりましたから。この道を歩く者が王となるのであって、王となる者がこの道を歩くのではない。聖女様からはそのように、告げられているでしょう?」


ラース王子が目を見開く。ようやく、理解したのだろう。これは、王位に相応しい者を選別するための試練だ。あの七色の陣も、王族でなければ足を踏み入れることすらできない。何よりも、この場にいるということこそが。アリシアが王族であることの、確かな証拠となる。即位の儀において、定められている内容は、ただ1つ。試練を乗り越えた者が、王となることだけだ。アリシアとラース王子、どちらが乗り越えても、どちらも王位に就ける。この試練を乗り越えるということは、聖女から認められたという証になるのだから。そう。アリシアは王子の味方ではなく、隙あらば王位を奪おうとする敵だ。そのことを今さら、思い知ったのだろう。王子が、下を向く。


「手は、どうされますか?」


アリシアとラース王子は、表向きには対立する関係ではない。人目がある時には、その手を繋がなければならなかった。けれどここであれば、離しても良いだろう。王子とて、信頼できない相手からは、離れたいと思うのではないか。そんな考えから、アリシアは問いかけた。ラース王子は少し笑って、答えた。


「俺に任せるというのか? では、離さない。お前が聖女の前で、俺を置いて先に行くかもしれぬからな」


「……そうですか。では、先に進みましょう」


その言葉が、どんな気持ちから発せられたものなのかは分からない。けれど、彼がそう言うのなら。アリシアはどちらでも、構わなかった。繋いだ手を離さずに。2人は、前へと足を動かした。


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