彼女の策

火の月に入って、暖かな風が吹くようになった頃。外は色とりどりの花で満たされて、風の月よりも鮮やかに見える。鳥の声と風の音が、部屋の窓の外から聞こえてくる。アリシアは窓を開けたまま、室内で机に向かっていた。この陽気に相応しい、明るい報せが届いたのだ。あの時のアリシアの提案を受けた魔女が、第1王子を神殿に送ることを決めたと。ラース王子はアリシアに感謝していたらしいが、ただ提案しただけのこと、大したことはしていない。だが、結果的に王子に恩を売ることとなったのなら、発言した意味はあったと思う。アリシアが王となるのは最善の策だが、今の状況とラース王子の性格から考えて、ほぼ不可能と言っていい。神殿の書庫に入るために、次の王に便宜を図ってもらう。それならば、次善の策として考えてみてもいいだろう。だとすれば、懸念となるのはグヴィナー側の支持者たちだ。決闘では勝利したが、それで全ての決着がつくほど、貴族社会は甘くはない。それに、もうすぐダヴィドの謹慎が解ける頃だ。そうなればグヴィナーの側も、再び動き出すだろう。ありがたいのは、あちら側が一枚岩ではないことだ。グヴィナーの家を支持する者たちは、ダヴィドには良い印象を抱いていない。あの決闘の後からは、それがより顕著に表れている。グヴィナーの血を引く分家の人間を、ダヴィドの代わりに旗頭としようとする者まで、出てきているほどに。だが、それは裏を返せば、グヴィナーの家を支持者たちが見捨てていないということでもある。当然だろう。グヴィナー家は、マクシミリアン家と並ぶ名家なのだから。何しろ、アリシアとダヴィドが、婚姻の契約を結ぶ可能性もあったほどだ。それが無かったのは、どちらも家を継がなければならない立場だったのと、何よりも。話が出る度に、ダヴィドが拒否していたことが大きい。あの男は、アリシアのことは自分より劣る者として。妹のことは平民の出身ということで、下に見ていた。それ故に、婚姻の話をずっと、断っていたのだろう。マクシミリアンと婚姻関係を結ぶことよりも、自身の快楽を優先するダヴィドの性格。アリシアは、その性格に呆れはするが、実のところ助かってもいるのだ。ダヴィドが断らなければ、アリシアは妹ができた時に、彼と婚姻させられていただろう。そうなれば間違いなく、今ほどの自由は得られなかった。どうなるとしても、アリシアは同じ道を選んだだろう。だが、その方法は結果として、失敗に終わる。あの時のアリシアに、そんなことは分からなかった。失敗の後に立て直すことが出来たのは、婚姻の相手がベルトルトだったからだ。そして、ベルトルトと婚姻できたのは、まだアリシアが婚姻の契約を結んでいなかったから。考えれば考えるほど、ダヴィドの選択は結果的に、アリシアを助けることとなっている。それに、ダヴィドの両親も。いくら甘やかされた子供とはいえ、いや、だからこそ。ダヴィドは、両親には逆らわない。彼らもダヴィドと同じ価値観を持ち、同じ選択をとった。それは過去だけでなく、今もアリシアにとっての助けとなっている。彼の両親にとって、グヴィナーの跡取りは、ただ1人の息子だけ。だが、支持者たちにとっては、そうではない。そこに齟齬があるから話が進んでいないだけで、旗頭が変われば、彼らは再び勢いを増すだろう。ダヴィドと彼の両親が反対し続けているために、グヴィナー側の動きが鈍っている。そのことは結果的に、アリシアを助けることに繋がっている。無論、あちら側はアリシアの事情など知らないだろうし、助けるつもりがあるわけでもない。それでも助かっているのは事実だし、感謝してもいいとすら思う。この隙にアリシアは、ダヴィド以外に担ぎ上げられる可能性のある者たちを挙げていき、彼らが旗頭となった時の対応策を練ることができる。火の月の、穏やかな午後の時間。アリシアは机に向かって、1日中考え続けていた。

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