議会とラース王子

現王が、身罷られた。遺言を、残すこともなく。風の月が終わり、火の月へと移り変わる頃だった。その死を悼む者はなく、皆の関心は次の玉座の在処のみ。それを非難する気はない。第2王子に王位をと、口を揃えて言う人々の中には、アリシアも入っているのだから。今日もアリシアは、王を決めるための議会に出る。想定されたよりも、議会が長引いている。その原因となっているのは、第2王子のラースだった。彼に何と言えば、議論を先に進めることができるのだろうか。考えながら歩き続ける、その途中で。反対側から歩いてくる、父とすれ違った。あの決闘の後も、王城で何度か見かけた父親。何か言いたげな視線を向けてきていたが、アリシアは何も言わず、父もアリシアに言葉をかけることはなかった。仕えていた王が亡くなり、父は王宮魔術師の職を辞した。もう、会うことはないだろう。すれ違う、その瞬間。お互いに、これが最後と分かっていても。どちらも、口を開くことはなかった。アリシアは、振り返って父の背を見る。幼い頃からずっと、父に認められたくて努力してきた。父は振り返らない。今もまだ、アリシアは認められていないのだろう。寂しさと悔しさが、胸の内に残っている。自らの影を見下ろせば、影は少し揺らめいているように見えた。妹も、寂しいのだろうか。アリシアは前を向いて、歩き出す。これが最後だ。もう、振り返ることはない。父に期待することもない。思いを抱えたままで、進むのだ。


────


今日の議会には、ラース王子だけでなく、その兄の姿もあった。弟を気づかう、優しい兄。貴族として、王子として生まれなければ、それはむしろ、良い性質として語られていただろう。議会はラース王子を王とする方向で、進んでいた。そこにアリシアが口を挟む余地などなく、議論は進む。課題となっているのは、第1王子の処遇についてだ。既に裏で決められているのは、兄弟が引き離されて、第1王子が異国へと送られること。表向きは王女との婚姻が目的だが、実際は体のいい人質だ。そのことに誰よりも反対し、議論を止めようとしているのは、ラース王子。まだ子供だから、何も分かっていないのだと。そう言われながらも、譲らない。彼はただ、幼く見えるだけだ。本当は、分かっているのだろう。何と言おうと、この決定が覆ることは無いと。それでも兄と離れたくないと、必死に反対する姿に。アリシアの影の中にいる妹は、共感しているのだろう。影の色が、少しずつ濃くなっていっている。誰かが、アリシアに頼んだ。ラース王子を連れて、ここを出てくれないかと。王子は兄の体に抱きついて、離れる様子がない。それでもアリシアであれば、引き離せるのではないかと。とんだ思い違いだ。王子がアリシアの方を見て、唇を引き結んだ。たとえ相手がアリシアでも、彼は絶対に引かないだろう。そう、一目で分かるほど、彼は真剣な目をしていたというのに。


「……そうですね。神殿で、修道士としての務めを果たしていただくというのも、1つの案ですけれど。どちらが我が国にとって良いことなのか、聖女様に聞いてみるのはいかがですか?」


ラース王子が驚いた様子を見せる。彼は大人と同じ立場に立っているつもりかもしれないが、この程度の提案もできずに嫌だと言うだけならば、まだまだ子供だということだ。ラース王子を王位に就けたい者たちが望むのは、第1王子の王位継承権を無くすことのみ。他国に行こうが、神殿に残ろうが、そんなことはどうでもいいだろう。だが、ラース王子にとっては、大違いだ。王子がゆっくりと、兄の体から離れる。きっと、兄がこの国に残ってくれたと、勘違いしているのだろう。アリシアは、ただ案を出しただけ。それも、聖女という力を持つ存在に任せる形で。第1王子が国に残ると、決まったわけではない。そのことを知っていながら、アリシアは何も言わずに、第1王子が連れられていくのを見送った。

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