彼女の教え方

ダヴィドはその後、一月の謹慎処分となり、アリシアが正式に第2王子の教育係となった。ラース王子は、今日もアリシアを呼びつける。人々は、アリシアが幼い王子を誑かしているのだと、噂している。だが、真実は違う。あの決闘で起きた炎の陣が、あまりにも大きな魔術だったから。王子はすっかり気に入って、アリシアに教えてくれと頼んできているのだ。


「アリシア様。そろそろ、本当のことを教えてください」


小さな王子は、そう言ってアリシアを見上げる。子供らしい仕草は、中身を知らなければ、ただただ愛らしいだけだったろう。けれど、アリシアは知っている。王子が、見た目ほど幼くはないことを。


「ラース王子様。私は、嘘など申してはおりません。何度も申し上げたように、あれは、私の術ではないのです。到底、私に扱いきれるものではありません。装身具に込められた魔術で、どなたが込めた物なのかすら、私には分かりかねます」


ラース王子が、不満げな表情になる。常であれば、そこで話は終わっている。だが、今日は違った。王子が落胆のため息と共に、言葉を吐き出す。


「……結局あなたも、同じなのですか? 幼い僕には、話しても分からないと?」


「いいえ。私は、どなたに対しても、同じ言葉を返しますわ。それがたとえ、ベルトルト様であっても」


あの後も、ベルトルトは常と同じ態度で、アリシアに接している。あの魔術のことを訊かれたことも、1度もない。けれど、訊かれればアリシアは、同じように話すだろう。妹がアリシアの影の中にいて、アリシアに力を貸してくれたことは、2人だけの秘密だ。他の者に明かすことは、できない。ラース王子は目を見開いた。そうして、アリシアの側に控えるベルトルトを見る。ベルトルトは無言で頷いた。静寂の後に、王子が俯いて口を開く。


「……皆、俺には分からないと言うのだ。操り人形にするなら、その方が都合がいいのだろう。お前も、そう思っているのではないのか」


王子は、顔を上げて、真っ直ぐにアリシアを見据える。その瞳が真剣だったから、アリシアも真摯に答えた。


「ええ。私は、そのためにここに来ました。他の者たちと、やっていることは変わらない。あなたに求めるものも、目的も、全て。よいですか、ラース王子様。それが、貴族というものなのです。表で交わされる言葉に納得できないのであれば、相手の裏を探りなさい。そうでなければ、この世界で真実を知ることは、できないのですから」


少し調べれば、アリシアに妹がいることは、すぐに分かる。妹が、どうなったかも。あの父のことだ。王城に送った報告では、死者と称しているだろう。だが、使用人たちは真実を知っている。どれだけ口止めしようとも、噂の形で密かに伝わることは、避けられない。あの炎の魔術がアリシアの持つ力ではないことなど、周知の事実だ。その上、あの時使った魔術の全てが、妹からの贈り物だったのではないかとも囁かれている。ただ、決闘の制約には反していない。だから取り沙汰されないだけで、アリシアの評価が上がったわけではない。アリシアの持つ力は、悪魔によってもたらされた力だと非難する者もいる。そういった者たちはなおさら、表ではその話を出さない。そんな、当たり前のことを。ラース王子は、ようやく思い出したらしい。何度か口を開きかけて、けれど、何も言わずに閉じる。根拠がないと、そう言ってしまえば終わりになる話。もしも、妹がアリシアの影にいることを看破できれば、それは根拠となるだろう。アリシアは不可能であってほしいと願っているが、先のことは分からない。薄氷の上を歩くような状況だが、元よりそんなことは理解した上で、ここに来ているのだ。


「……失礼します」


やがて。王子はそれだけ言って、部屋から出ていった。彼はあの時、アリシアに本性を見せるべきではなかった。妹はアリシアよりも素直で、人が良い。だから、何も知らなければ、王子の要請に応えてしまっていたかもしれない。だが、妹はアリシアの影にいて、彼が本性を見せた瞬間に立ち会っていた。それは、幸運な事だったと思いながら。アリシアは座って、お茶を飲んでいた。

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