決闘(後編)

赤い炎の渦の内側に、青い炎が燃えている。アリシアは、気付いたときには、青い炎の中にいた。揺らめく2色の炎の奥に、外の光景が僅かに映る。暗殺者たちは見えないが、ダヴィドが目を見開いてこちらを見ていることだけは、辛うじて分かった。炎の中に立っているアリシアは、あちらからは化け物のように見えていることだろう。アリシアは、優雅に微笑んだ。熱は感じない。服や持ち物が、燃えることもない。炎の魔術が込められた物。心当たりは、ただ1つしかない。自らの影の中にいる、妹のことを思う。また、彼女に助けられたのだ。


「……ありがとう」


小声で言うと、影が僅かに揺らいだ。妹は約束を守って、ずっとそこから見ていてくれたのだろう。彼女が渡してくれた小瓶が、アリシアの窮地を救ってくれた。炎の中で、アリシアは立ち続ける。炎の外では、何が起こっているのだろうか。あまりよく見えないが、ダヴィドが青い宝石をいくつも炎に投げ込んでいることだけは分かった。青、すなわちそこには、水の魔術が込められているのだろう。水の力は、火の力を打ち消すことが出来る。ダヴィドからしてみれば、同じ装身具を使った魔術なのだから、消すことも出来ると思っているのだろう。けれど、これはアリシアが作った物ではない。アリシアよりも才能があった妹が、解読できない呪文を使って作った物だ。焦ったような様子のダヴィドが、いくつもの宝石を投げる。宝石は全て、溶けるように消えていく。ダヴィドが何か言っているが、何も聞こえない。周囲で火花が弾ける音だけが、アリシアの耳に届く。ダヴィドの支持者の中で、最も格が高い貴族が、ダヴィドに何かを告げている。ダヴィドは不満そうだったが、支持者に連れられて去っていった。少しして、ベルトルトが炎の前に立つ。そこでようやく、アリシアは安堵することができた。そうして気付く。この炎の中から、どうやって抜け出すのかと。ベルトルトのいる方へ歩いていくが、青い炎を抜けられない。青い宝石を投げて、呪文を唱える。


「Wse.Mr-wg-afah【水よ。我が道を開け】」


けれど、何も起こらない。アリシアは、途方に暮れた。水によって力を込めた宝石を触媒として紡いだ呪文が、通用しない。心強かったはずの強力な炎の陣が、最も強い障害となっている。アリシアの影が揺らめいた。


「Gng」


あの呪文に似た音が、影から聞こえて。炎の陣が消えた。まるで、全てが夢だったかのような、一瞬の出来事。だが、夢ではない。その場にいる人々が、驚いた様子でアリシアの方を見ている。ベルトルトが、剣を鞘に納めた状態で、立っている。彼を足止めしていた暗殺者は、どうなったのだろうか。分からないまま、アリシアは立ちつくす。審判が、戸惑ったような声で、アリシアの勝利を宣言した。これが目的だったとはいえ、予想外のことが起こりすぎた。アリシアは、自身の影を見る。影は動いていない。妹の力は、才能によるものなのか、それとも。こうなったから、得たものなのか。問いを投げても、答えはきっと、返ってこないだろう。最後の炎の陣。あれは、アリシアでは到底扱えるはずもない魔術だ。そのことを誰もが知っていて、けれど誰も口には出さない。ダヴィドは制約を破って、アリシアを暗殺しようとした。アリシアは制約に沿って、暗殺者を撃退した。決闘において、どちらが勝者なのかは明確だ。審判が、勝者の名を告げる。それで決闘は終わる。アリシアは、目的を達成することができた。けれどまだ、終わりではない。審判の側に歩いていく、小さな姿。幼い第2王子の口元には、確かに笑みが浮かんでいた。無垢で愛らしい、人々に利用されるだけの、ただの子供。そう思われているかもしれないが、真実は違う。彼にも彼の思惑があるのだと、アリシアは知っている。教育係の座を手にしても、王となれるわけではない。アリシアの最終目的には、まだ手が届いていないのだ。

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