決闘前夜

決闘に臨む前日。アリシアは、部屋で装飾品を選んでいた。宝石は魔術を発動させるための触媒として、最も適しているものだ。その時、部屋の扉が外から叩かれた。そちらを見ずに、入って良いとだけ告げる。ベルトルトが部屋に入って、机の上に花束と水桶を置いた。そして、何も言わずに部屋から出ていく。アリシアは水桶を、アクセサリー入れの近くの床に置いた。汲んできたばかりの水が、振動で揺れる。この水に魔の力を込めて、それを宝石に閉じ込める。そうすれば、より良い触媒となるのだ。水面に触れて、呪文を唱える。


「Wse.Mct-shezn,grt-bign【水よ。力を溶かし、器に移せ】」


アリシアの指が触れているところから、波紋が広がっていく。桶の水が黒に染まる。そのまま触れ続けていると、黒から緑、緑から青、青から赤、赤から白へと色が変化していく。その色が元の黒に戻ったところで、アリシアは水から手を離した。そして、緑色の宝石を1つ、水の中に沈める。緑は、地の力との親和性が高い。この宝石は、地の魔術を発動するために役立つだろう。同じように、青や赤、白色の宝石も水に沈めていく。用意した宝石を全て水に沈めた後に、当日に身につけるつもりの髪飾りとネックレスも、水に入れた。次に、花束が置かれたままの机に向かう。花を纏めているリボンを解いて、机の上に1輪ずつ、輪のような形にして並べる。


「Mct-zsme,bue-ln-efle【力と共に、花は地に満ちる】」


並べて置かれている花、その茎が動いて、他の茎と絡まっていく。花の輪が机の上に広がって、その内側に景色が見える。緑色の大地と、咲き誇る色とりどりの花々が。それはただ、景色として映っているだけではない。草の匂いがして、そよ風が花を揺らす。その向こう側には、確かに現実の花畑があった。アリシアは、その花に手を伸ばした。アリシアの手が触れた花は、その形を保ったまま、宝石のような硬さと重さになる。宝石となった花を、こちら側に持ってくる。それを繰り返して、全ての花を宝石として取り出した。景色が、急速にぼやけていく。滲んで、薄まって、消えていく大地。後に残ったのは、花の形の宝石と、大きな花の輪のみ。アリシアは机から離れて、部屋の窓を開けた。


「Wn-mct-tae【風は力を運ぶ】」


窓の横に立って、アリシアが呪文を唱える。すると、外から強い風が部屋へと吹きこんできた。風の勢いが止むと同時に、窓を閉める。風によって運ばれた、色とりどりの鳥の羽が、部屋中に落ちていた。その羽を全て拾って、花の宝石と共に輪の中に置く。そうしてようやく、アリシアは準備を終えた。揺り椅子に座り、暖炉で燃える火を見つめる。その影から、妹の手が少しだけ出て、暖炉の方を指した。小さな声で、アリシアは言う。


「そうね。火の力は、まだ借りていないわね。でも、火はとても危険だから、今日はこれでいいの」


火は最も強く、最も扱いが難しい力だ。故にアリシアも、火を使うことだけは考えなかった。アリシアの影が、不自然に伸びる。伸びた影が、暖炉に届いた。妹に忠告したくて口を開いたが、アリシアが何かを言う前に、影が炎に重なった。


『Hl mie shetr.』


影から、そんな音が聞こえた。その瞬間に、炎が一層強く燃えさかる。少しして、炎の勢いが弱まった頃。暖炉の前に、何かが落ちた。どこから出てきたのか、何で作られているのか分からない、小さな瓶。その中に、炎が見える。アリシアは立ち上がって、小瓶に触れた。硬く透明な瓶の中で、見る角度によって色が変わる炎が燃え続けている。瓶の口は閉じられていて、逆さにしても炎が外に出る様子はない。これが何かは不明だが、誰が作ったのかは分かる気がして。アリシアは、自身の影に向けて笑いかけた。そうして、小声で礼を言う。妹がアリシアのために作ってくれた物なのだとしたら、きっと危険なことはないだろう。これで、決闘の準備は万全だ。必ずダヴィドに勝って、教育係の座を手にしようと。アリシアは、決意を新たにした。

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