王城にて

風の月の朝は冷え込む。今日は、アリシアが城へと向かう日だ。ベルトルトに馬車を出させて、影の中に潜んでいる妹と共に、馬車に乗る。アリシアは、馬車から外を見た。見慣れた大通りを、今日は、馬車に乗って通っていく。その先に、石造りの城がそびえ立つ。城の門番が、こちらを見た。誰何の声はかからない。当然だ。エーレンフェスト家の家紋が刻まれた馬車を見て、その意味が分からない者たちではないのだから。門をくぐって、先に進む。城壁の奥には、馬車で進める所は、そう多くはない。少し先に進んで、馬車を停める。この先は、徒歩でしか進めない。アリシアは、ベルトルトの手を取って、馬車から下りた。灰色の石畳には、うっすらと光る塗料で、特殊な陣が刻まれている。魔術によって、隠されたものを明らかにするための陣。全部で4つの陣があり、アリシアと妹は、全ての陣を無事に通り抜けなければならない。アリシアだけなら、何の問題もない。だが、アリシアの影の中にいる妹は、どうなるかわからない。不安を抱えながら、アリシアは歩む。最初は水の陣だ。ベルトルトが、陣の上に立つ。陣が淡い青色の光を放つ。続いて、アリシアも陣の上に立った。耳元で、波の音が聞こえてくる。目を閉じれば、海が見えてくる。強い波が、城にとって害となるものを、全て洗い流す。それが水の陣の役割だ。妹は、この波に流されてはいないだろうか。心配になるが、声をかけることは出来ない。ベルトルトを供として、更に進む。次は風の陣。淡い白い光の中に、ベルトルトが消えていく。少しして、アリシアも白い光に包まれた。風が、うなりを上げているのが聞こえる。害悪の全てをなぎ倒し、吹き飛ばす風の音。ここで見たのは、風が渦巻き状になって、周囲を囲んでいる様子だった。妹が飛ばされないことを祈りながら、アリシアは先へと進む。この後に通るのは、火の陣。赤い光の中に立てば、火花が爆ぜる音が聞こえてきた。目の前に、炎が壁となって立ち塞がる。罪も悪も焼き尽くす業火に、妹が焦熱の苦しみを味わっていなければいいのだが。そんなことを思いながら、炎の壁を抜けて、最後の陣に入る。最後は地の陣。蔦が周囲を囲む。地面が手前から奥に向かって、少しずつ傾いていく。その先に在るのは死者の国。地鳴りの音が近付いてくる。害悪を排除するのではない。おびき寄せて、地の底へと誘う。全ての魔と全ての邪悪が、あちら側へ行こうとする。妹に、行かないでと、言いそうになった。駄目だ。この場所で、妹が存在することを指摘してはならない。影の中の妹を知るのは、アリシアのみ。アリシアが妹の存在を指摘すること、それは妹の存在を、アリシア自身が明らかにしてしまうということになる。それだけは、あってはならない。地の陣を抜けて、先で待つベルトルトの隣に立つ。まだ、妹に声をかけてはいけない。身を切られるような思いで、先に進む。賓客のために用意された部屋、そこまで行けば、妹と話すことも出来るだろう。優雅な姿は崩さずに、出来る限り急いで、客室へと向かう。その、道中で。


「おや、アリシア様ではありませんか」


何も知らない貴族が、そう声をかけてきた。これがグヴィナーを支援している者であれば、適当にあしらうことも出来たろう。だが、相手はアリシアの支援者だ。内心はどうあれ、立ち止まらなくてはならない。焦りを抑えて、笑顔で対応する。とりとめの無い話に苛立ちながらも、顔には出さず話し続ける。やがてその貴族が、別の貴族に話しかけられた。その機を逃さず、アリシアは話を終わらせる。そうして、疲労困憊となりながらも、用意された部屋に辿り着いたのだった。日は落ちきっている。部屋の前でベルトルトと別れ、扉を開けて中に入る。隅のベッドに倒れ込むように寝て、自らの影に触れる。小さな声で、妹の名を呼ぶ。アリシアの手に、妹の手が重なった。それでようやく、アリシアは心の底から、安堵することが出来た。妹の手の上に、もう片方の手を乗せて。アリシアは笑って、眠りについた。

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