姉妹が選んだ道
冷たい風が吹き始める。1年の内で、最も乾いた月。それが風の月。地の月の後に訪れる時期である。アリシアは暖炉に火を入れて、揺り椅子の上で、妹を抱いている。火が弾ける音を聞きながら、ゆっくりと椅子を揺らす。この穏やかな時間も、長くは続かない。アリシアが、王城に行くこととなったからだ。第2王子の教育係の座をかけて、ダヴィドと戦う。その場所が王城であることは、予想通りだった。本当は、妹と離れたくはない。それでも、妹を王城に連れていくことが出来ないことは、明白だった。ただでさえ、ホラウェンの夜の出来事のせいで、魔やそれに関係するモノは警戒されているはずだ。そんな王城に、悪魔と関わって人ではない姿となってしまった妹を、連れていく。そんなことは、許されない。重い気持ちを隠して、妹に話しかける。
「これからは、会えなくなるわね」
アリシアの言葉に、妹が体を伸ばして、前後左右に揺らす。不満に思っているのだろう。アリシアは、妹の体を撫でながら言った。
「駄目よ。あなたのその姿では、王城に入ることすら出来ないのは、分かっているでしょう?」
妹が、動きを止めた。少しして、妹の手が、アリシアの影に伸びる。
「Ih whe he」
妹が、呪文を唱える。妹の手が、アリシアの影と同化していく。妹がアリシアの腕の中から抜け出して、手を縮めていく。その体が、アリシアの影へと向かっていく。その様は驚くほど速く、瞬く間に事が進む。妹の黒い体が、アリシアの影と重なる。その体が徐々に、影の中へと溶けていく。やがて、妹は完全に、アリシアの影の中に入った。アリシアは驚いて、しばらく言葉が出なかった。揺り椅子から立って、自らの影に触れる。手に伝わってくるのは、床の感触のみだった。部屋の中を歩いてみても、影の形は変わらない。手持ちの宝石を影の上に置いて、呪文を紡ぐ。
「Mce-ojk.Vrtce-ojk.Lct-bluhe.Als-ofnihlc【作られた物。隠されし物。光よ照らせ。全てを明かせ】」
影は変化しない。妹の才能が、こんなところで発揮されるとは思わなかった。
「ねえ、エミリー。私も、あなたと一緒に居たいとは思うのよ。でも、王城にあなたを連れていくことは出来ないの。ホラウェンの夜のことを、覚えているでしょう? あの夜から、ベーアたちですら、恐れられるようになった。あなたは、元から怖がられていたのだから、尚更よ」
影は全く動かない。妹がアリシアの言うことを聞かなかったのは、これが初めてだったから。アリシアは、どうすればいいのか、分からなくなった。王城で妹が姿を現せば、確実に騒ぎになるだろう。彼女がアリシアの関係者だと分かれば、全ての策も無駄になる。アリシアは王になれず、妹は元には戻れない。
『元に戻したいというのは、アンタの望みであって、妹の望みじゃないだろう』
聖女の言葉が、アリシアの脳裏に浮かぶ。何のために、王になろうとしているのか。妹がアリシアと居たいと望むのならば、そのままにしておいてやるのが、妹への思いやりではないのか。自分は妹のためにと思って、動いていたのではないのか。そんな思いと共に、ここまで努力したことが全て無駄になってしまう可能性を、残したくないとも思う。アリシアはゆっくりと深呼吸して、影に右の手のひらを当てた。
「あなたは、私と一緒に居たい?」
影から、細い手が伸びて、アリシアの腕を掴む。きっと、それは、肯定の仕草。
「王城に行けば、私は人前で、あなたに話しかけられなくなる。あなたも、影の中から出てはならなくなる。それでも?」
妹は、手を離さない。それでアリシアも、覚悟を決めた。
「いいわ。一緒に行きましょう」
妹が手を離して、揺らす。その様子が、喜んでいるように見えて。アリシアは、微笑みを浮かべた。不安は尽きない。それでも。妹の手を、両手で包んで。
「私も、あなたと居たいと思っていたの。だから、嬉しいわ」
そう言って、笑ってみせた。
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