貴族のお茶会

水の月が終わり、地の月が訪れる。地の月は実りの月。金の穂が地に満ちる月。本来は、民が畑仕事に精を出した、その成果が出る月。そのはずだ。けれど、この国では、厳しい税制が布かれている。民は、得た実りを、ほぼ全て領主に納めなければならない。その年の実りを神に捧げ、次の年の豊作を祈る祭り。それすら、民にとっては、楽しみとなりはしない。穏やかな日差しの下で、アリシアは妹を抱いている。そこに、アストリット家から、お茶会の招待状が届いた。


────


その日は、朝から晴れていた。どこまでも青い空の下、アリシアは馬車に乗って、アストリット家へと向かう。アストリット家の門をくぐって、馬車を停め、ベルトルトを残して裏の庭園へと歩いていく。手入れされた庭園に、複数のテーブルが置かれている。テーブルの上には、上質な茶葉と水で満たされた瓶、焼き菓子や砂糖菓子なども用意されている。


「おや、エーレンフェスト夫人ではありませんか」


談笑していた貴族の中の1人が、アリシアに声をかけてくる。


「バーレ公爵様、今日は」


アリシアは笑みを貼り付けて、会釈する。貴族の男は苦々しい表情で、話を続けた。


「グヴィナーの愚か者が、身の程もわきまえずに王子を狙って、暗殺者を送り込んだとか。どうやら、失敗に終わったようですがね」


「まあ」


アリシアは手で口元を覆い、大げさに驚いてみせる。


「なんてことかしら。ダヴィド様の高慢さには、呆れるばかりですわ」


貴族の男は、アリシアの言葉を聞いて、いっそう勢いを増した様子で話しだす。それを笑顔で受け流し、話を合わせていると、他の貴族たちも加わってきた。誰も彼もが口を揃えて、ダヴィド・グヴィナーを貶めるようなことばかり。そうして話す貴族たちも、グヴィナーと同じようなことをしているというのに、自分のことは棚に上げて。その事を指摘せず、笑って聞いているアリシアも、彼らと同じだ。自らの望みのために、王となろうとしている。この国を変えるなんて、聞こえのいい言葉を使って誤魔化して。


「ねえ皆さん、あんまりじゃないですか?」


場違いの正義感からだろう。カルラが話を遮って、言う。


「ダヴィド様は確かに問題がおありかもしれませんけど、本人が居ないところでそうやって話すのは、良くないことだと思いますわ」


「ありがとう、カルラ様。でも、大目に見てくださいな。皆様、苦労されてらっしゃるのだから」


アリシアは、気色ばんだ貴族たちとカルラの間に入って、カルラに笑いかけた。


「それに、他のことはともかく、ダヴィド様が2人の王子に何度も刺客を送っているのは事実ですわ」


そのアリシアの言葉に、カルラも痛ましそうな表情になる。


「それは、そうですけど……」


「ねえ? 私たちは、その事を非難しているだけ。多少、言葉が過ぎてしまった面もありますが、それも義憤からですわ」


アリシアの言葉に貴族たちが同意して、カルラも納得したような表情になる。そしてカルラも加わって、グヴィナーが行っている、許されないことを話し始めた。確かにダヴィド・グヴィナーは、王位を狙う野心家だ。だが、刺客の全てが彼からであるとすれば、あまりに数が多すぎる。カルラが気付いていないだけで、グヴィナーから来たと装って、この場にいる貴族たちが刺客を送っているのだろう。何もかもが馬鹿げていると、アリシアはそう思いながらも、何も言わずに話をしていた。いつの間にか日は傾いて、貴族たちが1人、また1人と帰っていく。やがて最後の1人、最初にアリシアに声をかけた貴族が帰ると、カルラは疲れたように息を吐いた。アリシアは、貴族たちの目を盗んで淹れたお茶をカルラに差し出して、話しかけた。


「お疲れのようですわね。よろしければ、これを」


「ありがとうございます」


カルラはお茶を受け取って、すぐに飲みきる。そして、笑みを深めた。


「美味しい! これ、あなたが?」


「ええ。貴族の娘には相応しくない技量ですけれど、私は、自分でお茶を淹れるのが好きなので」


「いいんじゃないですか? 相応しくないとか、あたしもよく言われますけど、気にしなくていいと思います。お茶、美味しかったです。ありがとうございます」


「ふふ、そうですか? 美味しかったなら、良かったですわ。では、私もこれで失礼させていただきます」


アリシアは笑顔で、カルラにお辞儀をしてから、その場を去った。カルラは笑顔で見送ってくれた。今日の成果は、上々だったのではないか。これならば、我慢して話を合わせた甲斐はあっただろう。そんなことを考えながら、アリシアは帰途についた。

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