姉妹の行く先

聖女の家から、家へと帰りつく。馬車から下りて門をくぐり、ベルトルトに頼んで小浴場に湯を置く。アリシアは、置いた湯で妹と自分の体を洗い、着替えて部屋に戻った。妹を、ベッドの上に乗せる。妹は動かない。その様子を見て、アリシアは微笑みながら告げた。


「気にしなくていいの。聖女様にご協力いただけなくとも、それは仕方のないことなのだから」


聖女の家から、ここに帰りつくまで。妹は、ずっと、心配になるほど静かだった。彼女はアリシアの言葉を聞いて、少しだけ体を動かす。その体を撫でてから、アリシアは同じベッドに入る。妹の隣に体を横たえて、彼女に目線を合わせながら、言う。


「エミリー。あなたが、今のままでいいと思う理由。私は、それが聞きたいの。そのままでは、話が出来ないでしょう?」


妹が、その小さな体を伸び縮みさせる。そうして、アリシアにしがみついた。アリシアは、彼女を安心させるために抱き寄せて、眠りについた。


────


気がつけば、朝の日差しが窓から差し込んでいた。アリシアは目を開けて、ベッドから出る。眠っていたのかどうかすら分からない妹を抱き上げて、キッチンへ向かう。キッチンには、既に朝食が並べられていた。窓から差し込む日の光が、机に影を落としている。アリシアは机の上に妹を下ろして、洗面台で顔を洗う。台の上に通された棒から、よく乾いたタオルを取って、顔と手を拭く。そして、使い終えたタオルを、二つ折りにしてかけ直す。洗面台から机まで移動して、アリシアは妹に声をかけた。


「食べましょうか」


椅子に座り、ナイフとフォークを持つ。卵を低温で炒めた料理と、動物の腸に肉を詰めて燻したものを焼いた料理が、同じ皿に乗っている。その横に、まだほのかに温もりが残るパンが、籠に盛られて置かれている。汲まれたばかりの水が、瓶の中で未だ波打っている。アリシアは、妹の前に皿を置いた。妹は体を伸ばして、皿の上に覆い被さる。その様子を見ながら、アリシアもフォークとナイフを動かした。そうしながら、現状について、思いを巡らせる。現王には、2人の兄と、1人の妹がいた。1番上の兄は放蕩者で、2番目の兄は病弱。そして妹は、アリシアの実の母である。王位継承の順位は、現王の2人の息子が1番高い。現王の娘は、政略結婚で隣国に嫁いでいるため、この国の王位継承には関わらないだろう。次いで、現王の兄の息子たち。とはいっても、2番目の兄は、子を残さずに亡くなっている。1番上の兄には、誰からも知られていない隠し子が居てもおかしくはないが、王位に就ける子供は限られる。王ならまだしも、王の甥や姪であるのなら、その家の格も重要視される。王の義理の姉となった、1番上の兄の正妃。その息子、ダヴィド・グヴィナーのみが、アリシアの敵となり得る存在だ。アリシアも、マクシミリアン家に生まれていなければ、王位継承を望むことすら不可能だっただろう。生家を恨むことも無かったわけではないが、そう考えるとまだ、恵まれていた方だ。エーレンフェスト家に嫁いだため、多少格は落ちる。けれど、元々それを計算に入れて、結婚を決めたのだ。心配する必要はない。アリシアにはまだ、王となる資格が、残されている。妹の手が、アリシアの腕を掴む。そこでようやく、とうに食事が終わっていたことに気付いた。ナフキンで口を拭い、ベルトルトに片付けを任せる。そしてアリシアは妹を抱いて、部屋へと戻った。部屋の机に妹を乗せて、その横で手紙を書く。宛先は、カルラ・アストリット。用件は、アストリット家で、お茶会を開いてもらえないかというものだ。お茶会に呼ぶのは、グヴィナーの政敵である家の者たち。どうせカルラは、アリシアが王となろうとしていることを吹聴しているだろう。現王の息子たちに取り入れなかった者が、アリシアを利用して、甘い汁を吸おうとしているに違いない。その企みに乗って、アリシアは王となる。このお茶会は、アリシアにとっての勝負どころだった。

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