ウェルシュの森(中編)

細い木の枝を、よく乾かして。穀物から採った油に浸ける。油を染みこませた枯れ枝を、日の当たる窓際に置いておく。そうして加工した枝を縦横たてよこ交互に重ねて、編んでいく。編み終えて、籠の形となった物の底に、粘性の高い生き物の体液を塗りこんで、なめした動物の毛皮を置く。毛皮の上に石を置いて、一晩待てば、籠が1つ出来上がる。革袋に、1度沸かした水を入れて、袋の口を閉める。干した果物とローストした木の実を、それぞれ種類ごとに分けて、別々の袋に入れる。全ての袋を籠に入れれば、事前の準備は終わりとなる。


────


次の日の早朝。アリシアはドレスではなく、使用人の服を着た。籠を片手で持って、妹を腕に抱く。ベルトルトに頼んで馬車を出し、ウェルシュの森の入り口まで行く。森は、まるで大きな化け物のように、木々を揺らしている。アリシアは妹を抱いて、森に入った。どこかから、狼の鳴き声が聞こえる。空から差し込むはずの日の光を、頭上の枝が遮っている。水の月の強い日差しすら通さない、黒い森の名に相応しい暗さだ。周囲を見渡すが、人が歩いた形跡はない。西側から入ったので、正面は東側だ。腕の中のエミリーに籠を渡して、地面に下ろす。その側の地面に、籠から取り出した宝石を埋める。そしてアリシアは、呪文を紡いだ。


「Dr-sel,mr-sel【この場所は、私の場所】」


地面が、薄く光る。呪文の効果が長続きするように、2度、3度と重ねがけする。その後にエミリーを腕に抱いて、右(南)側を見て、正面を見て、左(北)側を見た。


「ねえ、エミリー。あなたは、どう進みたい?」


妹が、東の方に真っ直ぐ手を伸ばす。アリシアは頷いて、歩き出した。湿った土を踏み、木々の間を抜ける。頭上の枝に止まっていた小鳥が、アリシアが立てた僅かな足音を聞きつけて飛び立つ。枯れ木の枝が、服に引っかかる。ドレスでは進めないと思われる、細い小道を歩く。このために使用人の服を着てきて良かった。そう思いながら進む。木々の向こうに、鹿の親子の姿が見えた。足元を、見知らぬ虫が這っている。頭上の枝に蛇が巻き付いているのを見て、驚かせないように、静かに進む。ただ、東に進み続けている。そのはずだ。高さのある木が立ち並び、草が生い茂っている。その景色は、どれほど歩いても変わることが無い。本当に進んでいるのか、進む先に魔物が現れはしないかと。不安を覚えるが、それでもアリシアは進み続けた。聖女の家らしき建物は、見つからない。遠くで聞こえていた川の音が、近付いてくる。1歩、また1歩と足を動かす。川の音は大きくなっていき、やがて目の前に渓流が見えてきた。行き止まりだ。アリシアは少しの落胆を、呼気と共に吐き出して、妹を下ろす。妹が手をアリシアの腕に絡めて、体を小刻みに揺らす。


「馬鹿ね。気にしなくていいのよ。あなただって、ウェルシュの森に来たことなんて、ないでしょう。この方向が違っていたからって、そんなことで、あなたに不満を持つわけないわ。少しがっかりしたけれど、それだけよ。進む方向が違ったのなら、戻るだけだわ」


妹が大人しくなる。その体を優しく撫でてから、アリシアは森の入り口で行った方法を繰り返して、同じ魔術で印を付ける。そうしてから、また別の呪文を唱えた。それは、見えない道を通すための呪文もの


「Ga-wg【草の道】 Bsiwg【けもの道】 Mr-wg【私の道】」


森の入り口から、東側を流れる渓流まで、道を通す。川の水を汲み、手を洗う。籠の中の乾燥果実を取り出して、妹の前に持っていく。妹が開けた口の中に果実を放り込むと、自らも1つ果実を食べた。そうして、妹を抱き上げて、再び歩き出す。魔術で通した道を歩いているので、帰りは行きほど不安にはならなかった。程なくして、森の入り口に辿り着く。自らが付けた印があれば、迷うことはなく、同じ場所に何度も向かうこともない。そのために、魔術に使う宝石は、多めに持ってきている。アリシアは今度は北の方に、ゆっくりと進み始めた。

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