この国の聖女
(聖女様のお家に、お伺いしなければね。聖女様が会ってくださるかは、わからないけれど)
この国の聖女は、人嫌いの老婆だ。実力は確かだが、対価が無ければ、取り合ってもらえないのだとか。その対価は、聖女が決めるとされる。それが何であれ、アリシアは、聖女に会って、力を貸してもらわなければならない。聖女は、王に地を治める力を与える存在なのだから。
(でも、そうね。私の命であれば、全てが終わった後に差し出せる。でも、エミリーだけは、絶対に渡せないわ)
妹を助けるために、王になろうとしているのだ。そのために妹を対価とするのは、手段と目的が逆転している。自らの命も、それと引き換えに妹が帰ってくるならともかく、王になるために捨てることはできない。王宮の宝物庫にある物で妹を助けるためには、それを手に入れるまで、アリシアは生きていなければならないのだから。
(対価のことを今から心配しても、どうにもならないのにね)
聖女から対価として示される物など、会ってみなければ分からない。心配するのなら、もっと別の、より重要で急務であることの方を考えるべきだ。
(そう、例えば……ウェルシュの森を、どうやって抜けるか、とか)
ウェルシュの森は、黒い森。そこは、昼日中でも暗く、道が曲がりくねっているという。聖女に会うためには、その森を抜けて、森の奥の聖女の家に辿り着かなければならない。聖女に願いを叶えてもらうために森に入って、行方不明になる者も、後を絶たない。そんな迷いの森に、準備もせずに、入ることはできない。
(私には、才能は無かったけれど……。それでも、場所が森であるなら、何かできるかしら)
マクシミリアン家──アリシアの生家──は、由緒正しい魔術師の家系だ。残念ながら、アリシアには才能がなかったが。それでも、出来ることが1つも無かったわけではない。向いていたのは、地の力。植物と大地を司る力である。場所がウェルシュの森であれば、何とかできるかもしれない。とはいえ、それほど多くのことができるわけでもない。成功することも少ないため、その力に頼りきりになることは危険だ。
(そうね。食料と水を籠に入れて、布と縄、ナイフも必要よね……)
用意する物を考えていき、最後に。今日も腕の中にいる、彼女のことを考える。
(エミリーならきっと、ウェルシュの森でも迷わないのでしょうね)
姿形が変わった妹に、どれほど力が残っているのかは、分からない。それでも、最も信頼できるのは、彼女だったから。アリシアは妹を抱きしめて、そっと囁く。
「ごめんなさい。でも、あなたの力が必要なの」
妹の手が伸びて、アリシアの腕を軽く叩く。その動作の意味はわからなかったけれど、アリシアは少しだけ、安心することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます