軋む世界、共に居たい人

水の月の中頃には、大雨が降る。神の光が轟音と共に、落ちてくる。神が鳴らす音と、それに付随する光。それを人は、神鳴かみなりと呼ぶ。その日の神鳴は、ひときわ強く、大きな音だったそうだ。アリシアは、深く眠っていたために、光が落ちた夜更け頃の記憶がない。朝。妹と共に、いつものようにお茶をたのしんでいた時。ベルトルトが淡々と告げてきたことで、知ることができたくらいだ。


「今朝、教会に神鳴が落とされました」


ベルトルトが、表情を曇らせている。無理もない。神鳴を落とすのは、神の意志。それは、神の罰であるとされる。よりにもよって教会に、神の罰が下された。ベルトルトは、敬虔な信者だ。その出来事の意味を、重く受け止めるだろうことは、想像に難くない。王は、この事態を重く見た。神の怒りを和らげるために、布令ふれを出したそうだ。教会に対して免罪符を売ることを禁じて、司祭と巫女、修道騎士は生活を慎むようにと。


(これからは、教会では祈るだけにしておかなくてはね。施しだけは今までと同じように、続けられるでしょうから、それだけは続けるとして……)


ベルトルトに嫁いでいるアリシアも、贅沢はできない。けれど元よりアリシアは、贅沢な生活をしているわけではないし、したいわけでもない。免罪符も、信仰に理解があると示すために買っていただけで、それで罪の清算をしよう等と考えたことはない。


(神鳴、ねえ)


本当に、神の怒りだというのなら。なぜ、今になって落ちたのだろうか。


(私が、悪魔を呼んだから? なんて。それなら、この邸に落ちるでしょうから、違うとは思うけれど)


神の名を持つ裁きであるのなら、間違いなどあってはならない。間違った時、神は全能性を失う。少なくともアリシアは、そう考えている。そして、それを前提とするのであれば。悪魔を呼んだことは、神鳴が落ちた理由ではない。落ちた場所から考えるのであれば、この国の信仰の在り方が間違っていると、神から告げられたということになる。


(王位につく、なんて。それまで、この国が在るかどうかも、わからないのにね)


滅びかけの国であることは、分かっていたつもりだった。けれど、神からも見放されているというのなら。もう、時間はない。


(手段を選んでいては、間に合わなくなってしまうかもしれない)


今日も、妹はそこにいる。アリシアの腕の中で、小さな妹は、大人しくしている。最も早く、王となる方法。誰もがすぐに思いつく、とても単純な方法。


(エミリーが、居てくれれば……)


アリシアが無事なのは、妹が守ってくれていたからだという仮説。それが正しいのなら、妹には力が残っていることになる。差し向けられた悪意の数々を、振り払うことが出来る力が。それを、守ることではなく、戦うことに使う。たったそれだけで、アリシアは、王になれる。


(────でも。そんなことを、エミリーに頼むなんて)


アリシアは傷つかない。労せず、目的を達することができる。けれど、それでは意味がない。罪を犯したのはアリシアだ。妹は、ただの犠牲者なのだから。どれほど妹に力があろうとも、頼りきりになってはいけない。そして、何よりも。妹に、人を殺させては、ならない。


(だってこの子は、私の大切な……)


そこまで思考して、唐突に気づく。自然に、妹を思いやる気持ちが、湧いてきたことに。


(……そう。そうね。私の、大切な妹。たった一人の、家族)


結婚したとはいえ、ベルトルトとアリシアの間にあるのは、ただの主従関係でしかない。親にすら見捨てられたアリシアにとって、家族と呼べるのは妹のみ。けれどこれまでは、妹を家族と呼ぶことを、頑なに否定していた。今日。ようやく、1歩だけ進めた気がする。妹のことを、大切な家族として思うことができたから。そうして。妹を元に戻したいという思いは、アリシアの新たな望みになる。


(必ず、取り戻すわ。あなたを)


腕の中の妹を撫でながら、アリシアは心の中で、そう誓った。

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