小さな嵐のような訪問

日々は過ぎていく。民からのアリシアの評判は、少しずつ高くなっていく。この国において、長く苦しめられてきた民たち。彼らは密かに、アリシアを支援し始めた。その力に意味などないと、貴族たちは思うのだろう。確かに今は、些細な力でしかない。けれど、いつまでもそうだとは限らない。アリシアは妹と共に、お茶を飲んでいる。何度目かのティータイム。教会から帰ってきたアリシアにとっては、大切な憩いの時間である。だというのに、扉の向こうが騒がしい。何者かがベルトルトと、問答をしているのだ。アリシアはため息をついて、無理に笑顔を作った。


「……いいわ。お通しして」


大声ではないが、扉の外までは聞こえる声量。程なくして、ベルトルトと問答していた人間が駆け込んでくる。


「何のつもりなんですか?!」


カルラ・アストリットは、息を切らしてアリシアに問うた。


「あなたが王になるからって言ったら、みんな大笑いするし! 毎日、物乞いに金を渡して、免罪符を買って……! みんな、あなたの気が狂ったんだって言ってて!!」


室内に響く、カルラの声。アリシアは、目を細めて言う。


「好きなように、言わせておけばいいの。侮られている方が、動きやすいのだから」


カルラは立ち止まり、唇を尖らせる。


「でも、いくらなんでも、ひどいです」


そこで、いくらか落ち着いたのだろう、彼女はテーブルの上にいる妹に、目を留めた。


「……エミリー?」


妹は、その場から動かず、手だけを伸ばす。その手に触れて、カルラは悲しそうな顔になる。


「こんなことになって……。大変ね。大丈夫よ。アリシア様が、きっと元に戻してくださるから」


妹は答えない。アリシアと話しているときには行う、多くの動作も、見られない。ただ、黒い塊として、そこにいる。カルラは──アリシアが手紙で説明したからであるとしても──狼狽えず、戸惑わず、友として妹に接している。かける言葉は見当違いで、ずれているかもしれないが、その気持ちは本物なのだろう。


「……よくしていただいて、ありがとうございます。エミリーも、喜んでいると思いますわ」


アリシアがそう言うと、カルラは目を丸くした。


「本当ですか? だったら、あたしも嬉しいけど。あたし、何も出来なかったみたいだし。こうなるまで、親友気取りで……。多分、迷惑なことも、沢山したと思います」


「どうかしらね。エミリーに聞かなければ、本当のことは分からないわ」


「……ですね。あの、あたしは信じてます。みんなはあり得ないって言うけど。あなたが王になって、エミリーが戻ってきたら、話したいです。ちゃんと」


アリシアは、カルラを安心させるために、笑顔を見せた。カルラは、己のことを馬鹿だと言う。けれど、けして愚かではない。


(ねえエミリー、あなた、良いお友達を持ったわね)


姿形に惑わされず、その手を取る。それだけで、カルラがエミリーに向けている好意が、どれほどのものか分かる気がする。エミリーは、カルラの手に触れていた黒い手を縮めて、アリシアの方に這ってくる。その様子を見て、カルラは何故か、満足そうな表情を浮かべた。


「……じゃ、あたし帰りますね」


「もういいの?」


「はい。……あたし、馬鹿だけど、それでも分かります。きっと、あなたといることが、エミリーの幸せなんですね」


「そんなこと」


否定しようとしたアリシアの言葉に被せるように、カルラが声を上げる。


「絶対そうです。昔何があったかとか、何をしたとか。そういうの、考えなくていいと思います。だってあなたとエミリーは、とっても仲良しに見えるから」


カルラの言葉。間違っているのかもしれないが、それでも。その言葉は、力になった。カルラは、来た時と同様、嵐のように去っていく。その姿を見送って、アリシアはそっと、息を吐く。これまでのことが、無くなるわけではない。けれど、素直で真っ直ぐなカルラから、そう見えたのならば。少なくとも今の関係は、悪くないのかもしれないと。

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