彼女の戦い

妹とのティータイムを終えて。アリシアは妹を連れて、部屋に戻った。そうして、部屋のソファの上に、彼女を下ろす。


「エミリー。少しだけ、お留守番してくれる?」


妹から、肯定が返ってくる。それを見届けて。アリシアは、白い無地のドレスに着替えた。そして、正装のベルトルトを伴って、町へと向かう。馬車ではなく、徒歩。傍らに騎士を連れた様子は、さぞ目立つことだろう。そうでなくては、意味がない。町の中心。大通りに面した道には、数々の店が建ち並ぶ。当然、人通りも多い。行き交う人々は、アリシアたちを見て、少し戸惑った様子になる。そして、道の端に移動する。この国で、貴族から目を付けられれば、生きていけなくなる。その事が分かっているから、彼らは遠巻きに此方を見るのみで、けして近付いてはこない。アリシアは何も言わずに、教会を目指して歩く。道中の物乞いに、複数枚の金貨を、惜しげもなく渡して。


(明日からは、物乞いの数が増えるでしょうね)


それ自体は、何の問題もない。アリシアは他に──例えばドレスやアクセサリー等、貴族らしい娯楽の数々に──金銭を使う気は、ない。それに、恵む額も、さほど多いわけではないのだから。けれどそれは、あくまでも、貴族から見た話だ。民たちから見れば、どれほど助かることか。


(私は、こうして戦うしかないわ)


貴族の世界において、アリシアの評価など、無いに等しい。故にアリシアは、他の場所で支持者を得るしかない。その1つがここであり、その方法がこれだ。金銭は、民たちにとって、最もわかりやすい得となる。それを与えることで、他の貴族とは違うと示す。それこそが、アリシアがやるべき事だった。大通りの最北。白い教会が、見えてくる。アリシアは、ベルトルトと共に、その門をくぐった。そのまま進み、教会の奥にある、礼拝堂に向かう。礼拝堂は静かで、アリシアたちの他には、少数の市民が居るだけだ。彼らの邪魔をしないように、隅の方で祈り──とは言っても形だけのものだが──を捧げる。


(神様が居るとしても、きっとこの国は、とうに見放されているでしょうね)


ベルトルトのような、敬虔な信仰を持つ者は少ない。多くの者は、免罪符でどれだけ金を得られるか、そればかりを気にしている。


(それを利用しようとする、私も)


どのような理由であれ、魔の力に縋った身は、天上の国に招かれることはない。まして、金でその問題を解決しようとすれば、尚更だ。だが、アリシアの目的は、天に上ることではない。出迎えた司祭に、金貨の詰まった革袋を3つ渡す。


「悪魔を呼んでしまった罪を、贖いたいのです」


そう言うと、司祭は金貨を懐にしまって、免罪符をアリシアに渡してきた。悪魔を呼んだ者など、アリシアの他には居ない。司祭は、明日も教会に来るべきだと言う。そうすれば救われると。


(明日も、金貨が欲しいだけでしょうに)


そう思いながらも、アリシアは大人しく頷く。司祭は、満足した様子で去っていく。司祭が見えなくなった後に、アリシアは帰途についた。大通りの物乞いに、再び金貨を投げて歩く。ベルトルトは無言で、アリシアの少し後ろを歩いている。大通りを南下して、エーレンフェスト家の門をくぐる。邸の扉を閉めて、アリシアはようやく、落ち着くことができた。少し、立ち止まる。思ったよりも、疲労した。


「アリシア様。お疲れでしたら、お部屋にどうぞ」


ベルトルトから言葉をかけられて、アリシアはようやく動き出すことができた。促されるままに、部屋へと戻る。ベルトルトが開けた扉から中に入ると、すぐに外から扉が閉まった。ソファの上には、妹がいる。妹の前に立つと、彼女はアリシアに気付いて、手を伸ばしてきた。その体を抱き上げると、妹は体を小刻みに揺らした。どこか喜んでいるような様子に、癒やされる。彼女を抱いたまま、アリシアはソファに座った。背もたれに寄りかかって、長いため息をつく。


「ただいま」


それだけ言って、目を閉じる。腕の中で、エミリーが動いた感触が、伝わってくる。彼女を、元の姿に戻す。そのためなら、多少のことは我慢できる。目を閉じて、妹を抱いて。そうしてアリシアは少しずつ、疲弊した心を癒やすことができた。


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