貴女とお茶を

カルラに手紙を送った後。アリシアはエミリーを抱いて、邸内を見回った。ベルトルトが、少し後ろから付いてくる。彼に案内されながら、邸の各所を確認する。最低限の物は用意されていたが、使用人を雇っていないため、手入れが行き届いていない場所も多い。


(でも、人を雇う必要も、無いのよね)


この邸で生活しているのは、アリシアとベルトルトの2人だけ。エミリーを数に含めたとしても、使用する場所は少ない。


(それに、人を雇ったら……)


腕の中にいる妹を見る。黒い小さな体。目も口も耳もなく、手足は異様なほどに細い。この姿を恐れない、アリシアやベルトルトのような人間は、間違いなく少数派だろう。使用人を雇えば、妹はまた、避けられることになる。妹が、そのことを気にしている様子はない。けれどアリシアは、気になってしまうから。


「ねえ、エミリー。あなたには、したいことはないの?」


妹が、アリシアに抱かれた状態で、手を伸ばす。それに従って進んでいくと、キッチンに辿り着いた。キッチンの棚の上、市販の茶葉を、妹が示す。


「お茶が飲みたいの?」


妹が手を縮めて、否定の仕草を見せた後、アリシアに向けて手を伸ばす。それを見て、アリシアは昔のことを思い出した。


「そう。私に、お茶を淹れてほしいのね」


妹が、その言葉を肯定するように動く。以前であれば、すぐに断っていただろう。アリシアは、妹を見つめて、少しだけ考える。


(私が独自に調合した茶葉ではないけれど、そうね。この種類の葉に最適な温度も、蒸らし方も、知っているわ。だから、出来ないことはないとおもうけれど……)


迷って、立ち止まったアリシアの代わりに。ベルトルトが無言で、水を瓶から汲む。その水がベルトルトの手で薬缶に移されて、竈に置かれ、火が熾される。揺れる赤い火を見つめながら、アリシアはただ、立ちつくす。腕の中の妹は、確かに、以前よりは可愛く見える。けれど、それでも。


(この子は、何もしなくても愛されるのに。どうして私が、何かしてあげなくてはならないの?)


それは、答えのない問いかけ。小さな妹。可愛い妹。大嫌いだった、妹。


(でも、そうね。それは、あなたのせいではないものね)


お湯が沸く。アリシアは笑って、妹をキッチンの机の上に下ろす。鍋つかみを手に取って、薬缶を竈横の台に移す。ベルトルトは手際よく火を止めて、アリシアの邪魔にならないように壁際へと移動する。ティーポットとティーカップにお湯を注いで温め、その間に茶葉の封を切る。ティーポットから1度お湯を出し、茶葉を入れて、再び湯を注ぐ。蒸らしている間に、ミルクと砂糖をテーブルの上に用意する。そこでアリシアはベルトルトの方を見たが、彼は首を横に振ったので、3つ目のカップは出さなかった。そうして、温めた2つのカップに、蒸らし終わったお茶を注ぐ。片方を妹の前に置き、アリシアはもう片方のカップを持って、椅子に座った。妹は、目の前に置かれたカップに頭を近づけて、カップごと飲み込む。


「熱いから、危ないわよ」


妹は、動じた様子もなく、アリシアの側に寄ってくる。


「エミリー。カップは返しなさい」


妹がティーカップを吐き出す。アリシアは、寄ってきた彼女を抱き寄せた。ベルトルトが空になったカップを取り、キッチンで洗う。アリシアは、その様子を見ながら、少し冷めたお茶を飲んだ。もう、ベルトルトが執事のように振る舞うのにも、慣れてきた。ティーカップを机に置いて、妹を撫でる。妹だけが可愛がられて、愛されていた、あの頃。けれど、本当に、そうだったのだろうか。こうなる前からずっと、化け物だと囁かれていた妹。言葉にはされずとも、腫れ物に触るような扱いを受けていた。それは彼女にとって、幸せと呼べるような状況だろうか。水の月の、朝から昼に移る頃。変わり果てた妹を抱いて、アリシアはようやく、そのことに思い至った。


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