妹の友人は、まったく令嬢らしくない

早朝。アリシアは目が覚めてしまったので、水を飲みに、キッチンへと向かうことにした。ベッドの中にエミリーを残して、扉を開ける。その横に、ベルトルトが立っていた。


「アリシア様に、お手紙が届いております」


「……まあ。どなたから?」


「アストリット家の、カルラ様です。アリシア様からお話を伺いたいという内容の手紙が、今朝、届けられまして」


予想外の名前に、少し驚く。婚約発表の夜会。そこで、騒ぎを起こした令嬢の名。


「その、手紙とは?」

「こちらです」


ベルトルトから差し出された手紙は、既に封が切られている。おそらくは、彼が先に目を通しているのだろう。夜会で起こったことは当然、彼も知っている。そんな彼が、目を通した上で渡した手紙。差出人には不安が残る。けれど、読むべきだと思った。あのベルトルトが、アリシアに渡さなければと考えた、手紙なのだから。アリシアは、三つ折りの便箋を丁寧に開いて、読み始めた。


『今日は。カルラ・アストリットです。あの時は、ほんとーに、失礼しました。ごめんなさい。あたし、知ってると思うけど一応、エミリーの友達……の、つもりでした。でも、なんにもわかんないです。誰に聞いたって、おんなじことしか言いやしないから。あなたとエミリーは、仲が悪かったらしいって。本当にそうなら、あの日の話を、あなたが知ってるわけないのに。あたし、考えるのは嫌いです。だって、頭がとっても痛くなるもの。回りくどいのも嫌いです。なのでもう、お手紙の理由を書いちゃいます。あなたとエミリーが、どんな関係だったのか。どんな話をしてたのか。あなたから、聞きたいです。もし、あたしに話せることがあるなら、だけど。迷惑をかけちゃったし、返事がなくても、しょーがないけど。でも、あなたの話を聞いてみたいです。お返事、待ってます』


形式を無視した内容であるため、手直しすべき所は多い。アストリット家の一人娘は、ワガママでお転婆で、手の付けられない愚か者だという噂。それを思い出して、アリシアは目を細めた。


(……愚か者、ねえ)


確かに、貴族としての教養が全く感じられない書き方ではある。手紙の内容も、そうだ。アリシアが嘘をついたとしても、それを疑いもなく信じるだろう。間違いなく、この国で最も生きにくい類いの人間だ。けれど、だからこそ。手紙を読み終えたアリシアは、ベルトルトに頼み事をした。コップ一杯の水と、羽ペンと便箋を、持ってきてほしいと。そうして、手紙を持って、部屋に戻る。エミリーがベッドの端、アリシアの方に寄ってきた。


(アストリット家の全面的な協力が得られるのなら、とても心強いもの)


程なくして、ベルトルトから羽ペンと便箋、そして水が届けられる。水はすぐに飲んで、コップは少し迷ったが、ベルトルトが差し出してきた手に返した。そして、羽ペンと便箋を机に──あの、妹が使っていた机に──置いて、ペンを執る。書く内容はまず、アリシアの罪について。それから──これは嘘も混ざっているが──後悔していることも。そして、妹を元の姿に戻したいと思っていると伝える。そのためには、王にならなければいけないと書き、その全てを前提にして、アストリット家の協力を得たいと持ちかける。他の家であれば断るだろうが、ことアストリット家に限っては別だ。かの家では、カルラに全ての決定権がある。理想だけを語れば良い。貴族の馬鹿娘がまた、愚にもつかないことを言い出していると。そう思われれば、カルラに危険が及ぶことは無いだろう。王になるのならば、確かな後ろ盾が必要となる。マクシミリアン家は、最初から協力などしない。エーレンフェスト家は、家の者が信念に従って動く性質上、後ろ盾としては不向きである。故に、アストリット家を後ろ盾にできるならば、心強い。アリシアは手紙を書き終えて、封筒に入れ、封蝋を押す。カルラのように、自分の目と感性を信じる生き方は、嫌いではない。けれど、利用はさせてもらう。妹のためにという理由は、半分。もう半分は、妹を元に戻したい、アリシアのために。

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