メイドと殺意と妹と
夜会は、賞賛の中で幕を閉じた。少なくとも、表面上は。メイドが、アリシアと妹の部屋の扉を開ける。
「アリシア様、朝食が……」
「要らないわ」
アリシアは、妹を抱き上げて微笑んだ。
「私は、この子と一緒に食事を取りたいの」
メイドの表情が曇る。
「……旦那様が、お呼びです」
「この子と一緒で良いなら行くわ。お父様にもそう伝えてちょうだい」
「わかりました」
メイドが一礼して去っていく。アリシアはそれを見送って、扉を閉めた。そして、妹を抱いたまま、扉を背にして座る。その腕の中で、妹が動く。
「なあに?」
妹の手がアリシアの頬に触れる。その様子はどことなく、心配しているように見えた。アリシアの独り善がりな思い込みかもしれないけれど。
「大丈夫よ。私だって、貴族の娘ですもの。生き残る
妹が、真っ黒な顔をこちらに向ける。目も口も、どこにあるのかわからない。それでもアリシアは、顔の向きから推測して、目を合わせようとする。そうしたいと思ったから。
「……あなたがこうなったのは、私のせい。だけど、そうなったあなたが側にいてくれるからこそ、出来ることがあるの」
あの夜会から、アリシアと父の間にある亀裂は決定的なものとなった。今や食事ですら、気を抜くことはできない。その食事を、妹を盾にして、体よく断った。それが出来たのは、妹がこの姿になったから。けれど。
「それは、私の都合だわ」
妹を見つめる。漆黒の塊。それは到底、人とは呼べない代物。故にこそ愛おしく、故にこそ妹と呼べる。本当は、元に戻ってほしくなど、ない。それでも。
「……私の都合を、あなたに押し付ける、なんて」
それでは、父と同じだ。罪は罪。悪は悪。それでも、譲れないことがある。他人に自分の都合を押し付けて、良いわけがない。
「ごめんなさい、エミリー。私、必ずあなたを、人に戻してみせるわ」
誰に何と言われようと、構わない。人に戻った妹から恨まれることも、憎まれることも、覚悟の上だ。と、決意した、その
「……え?」
アリシアの右肩、そのすぐ上を通過していく妹の手。後方で上がる叫び声。先ほどのメイドの声だと気がついて、振り返る。
「ひっ、い、いや、来ないで……!」
いつの間にか、扉が開いている。音で気づけなかったのは、アリシアの落ち度だ。メイドは、床に座って震えている。メイドの手の横に、銀製のナイフが落ちている。
「……エミリー?」
妹は、その手をメイドに向けている。そっと、床に妹を下ろした。彼女は、メイドの方に這い寄っていく。メイドは悲鳴を上げた。床のナイフを拾い、妹に向けている。目を閉じて、ナイフを振り回すメイドの様子は、どこか滑稽に見える。妹は動じた様子もなく、動き続ける。妹の頭、その真ん中に、大きな黒い穴が開いたように見えた。根拠はない。けれどアリシアは、それが口であると感じた。ナイフごと、メイドがその口に飲み込まれそうになる。
「エミリー!」
嫌な────とても嫌な、予感がした。とっさに、妹の名を呼ぶ。ナイフが刺さる直前に、妹が口──のように見える裂け目──を閉じる。ナイフは、そこに刺さる。妹の手がナイフを易々と抜き、メイドに向けて放る。
「そ、そんな!」
メイドの叫び声。どこか遠くの方から聞こえてくるような、そんな声は気にも止めず、アリシアは妹を再び抱き上げた。
「エミリー、大丈夫?」
妹は答えない。アリシアは、部屋に戻って扉を閉めた。
「銀製の、武器……」
唯一、魔に効果があるとされる武器。それを持っていたメイド。妹が気付かなければ、アリシアはどうなっていたことか。
「助けてくれたのね。ありがとう、エミリー」
妹の手が、アリシアの手に重ねられる。
「……やはり一刻も早く、この家から出ないとね。ベルトルト様に、できるだけ早く婚姻してくださるよう、お願いしてみましょう」
婚姻を結べば、家から出ることができる。妹は、悪魔でも化け物でもない。けれどそう思うのは、この家ではアリシアだけだろう。まして、あんな事が起こってしまえば……。
「大丈夫よ、エミリー……」
妹に告げた言葉。それは、アリシアが今、最も聞きたい言葉でもあった。
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