夜会(中編)
アリシアは、夜会が行われるホールの中心に向かう。
『いらっしゃったわ』
『エミリー様から全てを奪って、さぞかし良い気分でしょうね』
囁き交わされる多くの言葉。アリシアはその全てを気にも止めず、優雅に笑んだ。
「皆様、今宵は我が邸にお越しいただき、ありがとうございます」
その場が、一瞬にして静まり返る。先程までアリシアを非難していた令嬢たちが、気まずそうにしながら隅へと移動した。
(まったく。戦う意志も覚悟もないのなら、最初から何も言わないでほしいわ)
「破棄した契約を再び結ぶことは、難しいかもしれません。ですが、ベルトルト様と私であれば、その茨の道も共に歩んでいけるはず。この佳き日の祝福が、皆様にも降りそそぎますように」
最後の言葉に、令嬢たちの顔が歪む。それも当然。破棄した婚約を家のためにもう1度結ぶ、そんな日に祝福などというものがあるわけがない。それを分け与えると言って、喜ぶ者などいないのだから。
「……誰のせいよ!」
腹に据えかねたのだろう、1人の令嬢がつかつかと歩み寄ってくる。
「あんたが、あの子から全てを奪ったんでしょ! それなのに平気そうな顔をして、佳き日だなんて、よく言えたものね!」
「アストリット家のカルラ様ね。今晩は。エミリーと仲良くしてくださって、ありがとうございました。同じ型のドレスを仕立てるお約束が果たせなくなってしまったこと、とても残念に思いますわ」
「……え?」
令嬢の顔が青ざめる。
「なんで、なんであんたが、知って……?」
「エミリーが、私に話してくれたの」
鮮やかに。華やかに。良い子のエミリーしか知らない者に、その真実を突きつける。
「嘘よ! 他の人には内緒でねって、2人で約束したんだもの!」
そう叫んで、令嬢は駆け去った。
(約束、ねえ……)
エミリーは、口が軽いということもなく、どちらかと言えば義理堅い娘だった。きっと、アリシアが何を言っても、誰も信じないのだろう。
────本当はね、内緒にしておかなきゃいけないの。だから、言わないで、ね?
とっておきの話。秘密の話。それを彼女は、アリシアにだけは、話してくれたと。
(秘密を守る保証なんてしないって、いつも伝えていたのに)
それが信頼の証だったのならば。公衆の面前で明かしたことを、彼女はどう思うのだろうか。
(今さらよね、そんなの)
訪れた客人たち、一人一人に挨拶をしながら。アリシアは彼らに気付かれないように、妹のことを思った。今でも、以前の妹を可愛がる気にはなれない。それでも、否、それなのに。
(あなたは、私のところによく来ていたわね。誰からも愛される子だったのに……)
先ほどの令嬢も、邸の使用人も、父も。誰もがエミリーを愛した。だというのに、エミリーは他の誰でもなく、彼女を最も嫌うアリシアの元に足繁く通っていた。
(それは、何故?)
鍵が見つからなかった引き出し。邸の中に無いのならば、誰かに預けている可能性が高い。
(でも……)
エミリーと最も親しくしていたカルラが、アリシアの一言であれほど狼狽えるのは、予想外だった。表面的な交流しかしていない人間に、エミリーが大切な鍵を預けるとは思えない。だとしたら、鍵を持っていると思われるのは、ただ1人。客人たちへの挨拶を終えて、アリシアはその人の隣に並ぶ。
「ベルトルト様」
彼にだけ聞こえるように、声をかける。
「エミリーから何か預かったり、していらっしゃいませんか? 例えば、鍵、とか……」
「いいえ」
ベルトルトは嘘をつくような人間ではない。そのことはもう、わかっている。彼が否定するのなら、鍵はどこにも無いのだろう。
「そうですか……ありがとうございます」
「お力になれず、申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫。心当たりはありますから」
そう。鍵が見つからないのではなく、鍵などそもそも無いと考えれば、筋が通る。
(……そうね。それが1番確実な方法だものね)
鍵の無い引き出しが、開けられない理由。それは、妹がこの家に引き取られた理由と繋がっている。
(だとしたら、私だけではなく、誰もあの引き出しの中を見ることは出来ないのでしょう)
少し残念だ。けれど、諦めるしかない。妹がそこまで、本気で隠そうとした物なのだから。
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