魅力するものののの、視界にはただ1人の男

「……やっぱり、のののの姉妹は今日も可愛いなぁ……!」


 教室にて。

 廊下を通り過ぎる美人姉妹をうっとりとした表情で見る、友達の光田翔吾。同じくクラスにいる男子たちちも何人かは、美人姉妹を目で追っている。


「はぁ……あの凛としたお2人に叱られたいっ! むしろ、罵られて踏まれたいっ!」


 その変態思考に、僕は苦笑。


「翔吾は相変わらずだな……。それより、同級生なのになんでさん付けなの?」

「なんというか……たとえ同級生だとしても、乃寧さんと希華さんは、なんとなく呼び捨てで呼べないっていうか……」

「なるほど。言いたい事は分かる」


 二輪の高嶺の花と呼ばれる美人姉妹。容姿も相まってただでさえ、話しかけるのも一苦労なのに、名前を呼び捨てなんて恐れ多いってことだろう。

 僕も今では"さん"付けだし。

 

 翔吾と話しているうちに担任が入ってきて朝のホームルーム。


 そして授業が始まった。


「ふぁ………やばい…」


 授業開始から10分。僕はあくびを噛み締める。


 今日の数学の授業はぶっちゃけて言うと……暇だ。内容が前回の復習からなので、お経を唱えるような先生の言葉に耳を傾けながらも、集中力は途切れっぱなし……。しかも、いい感じに冷房が効いていて眠気を誘う。


「っ、っ………」


 首がコクコクと上下に小さく動く。視界も時よりぼやけてきた。


 起きてないと……ダメだ。でも……ちょっと目が重くなってきたなぁ……。




…………………………

……………………

………………




『涼夜はわたしと外で遊ぶの!』

『ちがうもん! スーくんはわたしとゲームして遊ぶもん!』

『2人とも落ち着いて……!』


 双子の姉妹が僕の服の袖を引っ張り、今日も言い合いをしている。


『じゃあ涼夜はどっちと遊びたいの?』

『わたしだよね、スーくん!』

  

 乃寧ちゃんと希華ちゃんに見つめられ、僕はたしたじになりながらもいつも通り、


『さ、3人で遊ぼう! 僕は3人で遊びたい!』


 僕が言うと、姉妹は顔や見合わせ、笑顔で頷いた。


 ああ、懐かしい……あの頃は毎日3人でいるのが当たり前で……。



…………………………

……………………

………………



「………せ」


 ん? 誰かが僕を呼んでる気がする……。


「……せ……せ…!」


 心地良い気分なのに……。そういえば、数学の授業を受けてた気が……。


「おい、千世っ!!」

「はッ……!」


 そうだ、今は数学の授業中。


 ガバッと顔を上げると、先生が怒った表情で教壇からこちらを見ていた。クラスメイトも僕に注目してる。仲のいい友達はクスクスと笑っており、ちょっと恥ずかしい。

 ちなみに翔吾は、背中が丸まった状態で動かないので寝ているのだろう。


「やっと起きたか。とりあえずこれを解いてみろ」


 先生はこめかみを押さえながら黒板に書いてある問題を指す。


 席を立ち、黒板に書いてある問題をすらすら解いていく。解いている間のクラス全体が静かになり注目されていると分かるこの感じ……ちょっと緊張してしまうのは、あるあるだと思う。

  

 書き終わったので、チョークを止める。前回の授業の公式を応用した問題なので、難なく解けた。


「これで大丈夫ですか?」

「ああ、正解だ。だが、授業は寝ない様に」

「はい、すいませんでした」


 先生も僕が解けるのは見越していたようで、僕が席に戻ると授業を再開した。


 翔吾は……常習犯だし、飽きられている部分はあるのだろうか?


 少しすると授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、数学の授業は終了した。その後も特に問題なく授業は進み昼休みになった。


 自動販売機で飲み物を……と、そんなことを考えながら歩いていた僕の前を通り過ぎたのは、男子生徒について行く乃寧ののねの姿。

  

「2人してどこに……ああ、なるほど」


 男女2人。人目を気にしてどこかに向かう。

 この2つのキーワードでなんとなくこの後行われる事が分かった。


「人気者は大変だなぁ」


 男子の方はサッカー部の主将で、爽やかイケメンとして有名だけど、相手が乃寧じゃ振られるだろう。なんせ、彼女は告白を50回連続で断っていると校内で噂になっている。

 

 結果は目に見えてるので、そのまま見過ごそうとしたが……乃寧たち2人の後を追う陰に、教室に帰ろうとした足を止めた。


「うぅ……お姉ちゃんがまた連れて行かれた……大丈夫かな……」

「あんなところでコソコソと……何してるんだ希華は……?」


 





「ごめんなさい」


 乃寧の冷え切った声が静かに響く。

 サッカー部のイケメン主将さえも振られた。


 その現場を、涼夜は少し遠くの木の影から見ていた。涼夜の前には建物の物陰からこっそり覗く希華がいた。

 2人とも気になって、校舎裏までついてきたのだ。


「……理由を聞いても?」

「私、貴方のことを知らない」


 長く艶やかな髪をかきあげ、当然と言った顔で乃寧は言う。


「俺を知らないかぁ……。一応、サッカー部の主将で、エースで、多方面からスカウトとかきてるんだけど……?」

「貴方が外野でキャーキャー言われても私とは話したことはないでしょう? だから知らないわよ」


 腕を組み、心底興味ないのいった態度。さすがのイケメンの主将くんも苦笑気味だ。


「お姉ちゃん凄い……男の人をあんなに堂々と断って……」


 希華が感心の目を向ける。弱気な希華では相手をキッパリ断るなどできないから。


 告白も振ったし、話はこれで終わり……。乃寧に話しかけてもいいだろう。そう思った時だった。


「あれぇ? 希華ちゃん〜?」

「ッ!」


 後ろから男の人の声、複数人の足音。


 体を硬直させた希華は恐る恐る後ろを向く。男子生徒が3人、彼はサッカー部の部員だ。


「もしかして主将の告白見にきたのか?」

「どうせ振られたんだろうなぁ〜。なんせ、告白クラッシャー、乃寧様だもんな」

「なんだそのだっせぇ名前ww」


 3人が笑い合う中、希華の顔は強張ったまま、後ろへ一歩下がる。


(怖い……怖いよ、お姉ちゃん……っ)


 女が1人。男たちに囲まれている姿というのは、実は希華にとって恐怖を思い出させるトラウマだった。


 ──中学の頃。

 通学電車の中で、希華は痴漢の被害に遭っていた。しかも相手は1人ではない。2人か3人ぐらいはいたと思う。集団痴漢だ。痴漢というよりも、ほとんど強姦と呼んでもいいような酷いことをされた。


 下着の中に手を入れられたり、男性器をズボン越しだが擦り付けられたり……思い出すだけで嘔吐しそうになってしまう。

 実際、希華は幾度も痴漢の出来事をフラッシュバックし、めまいや過呼吸で倒れたことがある。

  

「ねぇねぇ希華ちゃん」

「っ………」


 話しかけられ、希華は小さく悲鳴をあげる。その事に気づかない男たちは、ニヤつきながら話を続ける。


「希華ちゃん。良かったら今日の放課後、俺らと遊びにいかね? 今日部活休みなんだよね〜」

「お姉さんの乃寧さんも一緒でいいからっ。ね? ね?」

「っ……いや……」


 そんな下心丸出しな誘い、行かないに決まってる。


 だが、さきほどの乃寧のように、バッサリと断ることは希華にはできなかった。


 希華は男性恐怖症から次第に人見知りになった。だから、姉の乃寧以外と話すことは基本、苦手……。うまくコミュニケーションが取れず、流されがちになる。


 それは彼らも承知済みだ。

 ゴリ押しすれば、セットで乃寧も付いてくる……そういう考え。美人な双子姉妹と一緒に遊んでみたいと誰もが思う。一度遊べば親密な関係と自慢しても疑う者はいない。


「お願い! 一回だけでいいから!」


 一向に引かない男子たち。それどころか、判断を煽るように希華に近寄る。


(……やだ、来ないで……来ないで触らないで喋りかけないで……)


 希華の頭の中でトラウマが蘇る。

 集団で男に囲まれ、至る所を触らせてたあの吐き気のするような日が……。


 息が荒くなり、苦しい。


「なにか言ってよ〜。希華さ〜ん」


 1人の男が、希華に手を伸ばした。

 希華は目を瞑ったのと同時に、思い出す。


『危機が迫ったら叫んで』


 乃寧にそう教えられていた。


 幸い、希華はまだ少し余裕があった。壁越しには乃寧がいて叫べばすぐに助けてくれる。


 今、まさに叫ぼうと——


「あ、すいません」


 4人以外の声が響く。

 

 誰だと思い、声の元を探すと、缶コーヒーを持った涼夜が立っていた。


「なに、お前?」


 不機嫌な男たちの視線に動じず、涼夜は、


「乃寧さんと希華さんを呼んできてって、先生に頼まれて……」


 そう言うと男たちは、ちえっ、と残念がり大人しく去っていった。


 男たちが見えなくなったことを確認した涼夜は、希華が無事なことを確認して、


「先生に呼ばれてってのは嘘だから。それじゃ僕は」

 

 役目が終わったとばかりに涼夜は去ろうとする。


「あのっ、あり……」

「ん?」


 希華の微かな声に、涼夜は足を止める。


(お礼は言わないと……せっかく、スーくんから話しかけてくれたのにっ)

 

 希華が次の言葉を発しようとした時だった。

 安心したせいか、我慢していた恐怖が、今立ちくらみとなって現れて……。


「おっと、大丈夫?」


 落ちていく希華の身体を涼夜が危なげなく抱きしめる。


 ——男の人に抱きしめられる。


 それは、希華にとってトラウマになる行為。普段なら体が反射的に反応し、すぐ振り解くのに……そのまま涼夜抱き止められた。


 何故か? 

 そんなの決まってる。

 好きな人だから。

 好きで好きで好きで堪らないから。


 意識が遠くなる中、希華は思う。


(……とても懐かしい匂い。スーくんはやっぱり優しくてカッコよくて……好きぃ。好き好き好き好き……大好きだよ………。なのに、なんで避けるの? 遠ざけるの? 私にはお姉ちゃんとスーくんしかいないに……)

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