第17話 草食系男子の、町ぶら。




 次の日の朝。


 アタシとナヨチン一ノ瀬優斗はオエーツのギルドに向かっていた。

 ナヨチン一ノ瀬優斗はギルドと聞いて、何となく浮かれていた。


 「やっぱり冒険者登録しないと異世界来たって感じになりませんからね」


 うーん、前にも言ったと思うが、何か勘違いしてるんだよな。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗、何だよ冒険者ってのは」


 「冒険者といえば、異世界に行ったら最初に就く仕事ですよ。冒険者ギルドで登録して色んな依頼を受けるんです。魔物討伐だったり素材採集だったり。それでギルドカードを発行してもらって、それが身分証明書代わりになるっていう」


 「……何かジェイクが言ってたけどよ、オマエらギルドに夢持ちすぎだ。

 それに何だよ冒険者ってよ。単なる日雇いの雑用じゃねーか」


 「そうゆう言い方されちゃうと身も蓋もないっていうか……」


 「いや、そうゆうこったろ。確かにギルドにゃ依頼出てたりするが、オマエらが思ってるような奴じゃねえぞ。どこそこの地方の相場調査だったりとか、どっかの交易品を必要数量だけ買ってきてくれとか、そんなんだ。

 荒事の依頼は酒場に出るんだよ」


 「ジェイクさんのところで見かけた覚えないんですけど」


 「ジェイクんところは確かに酒場だが、どっちかっつーと宿屋だからな。オエーツの他の酒場には出てんだよ。用心棒やってくれとか、敵討ちの助っ人してくれだとかって依頼はな。

 大体そういう依頼受け付けてる酒場は賭場も開いてるし、そんなお上品じゃねーな」


 骸骨ジェイクの「骸骨亭」も、そんなお上品でもねーけど。


 「そうなんですか……じゃ、ギルドって何なんですか」


 「そのまんまの意味だよ。組合。正確にゃ生産者組合ってところかな。要はその町の特産物を交易品として出荷管理してんだ。店頭で小売りとかもやってるからよ、アタシらみたいなパンピーでも購入して他の町で売って儲けることができるって寸法」


 「農協や生協みたいなものなんですね」


 「オマエラの世界のことはアタシにゃわかんねえけどな。ま、この国の端っこの町までギルドはあるからよ、困ったらギルドの安い依頼受けるってのも生きてく手段の一つってとこだな」


 そうこう話していると、アタシとナヨチンはギルドに着いた。

 ギルドの扉を開けて中に入ると、ギルド職員のおっちゃんが「いらっしゃい、ギルドにどんなご用向きで?」と声を掛けて来る。


 「ちょいとカフの町まで足を伸ばそうかと思ってんだけど、カフでそこそこ儲かりそうなモン何か見繕ってこうかと思ってさ。おっちゃん、お勧めあるかい?」


 ギルドのおっちゃんは即答で「ウルシとイワシだね」とニコニコ笑顔で答える。


 ま、そうだろうな。いつものこったが、オエーツにゃ大した特産の交易品は無い。

 山ン中のカフの町だから、売るなら海産物が鉄板。ウルシはオエーツで一番の交易品だからほぼこれしかない。


 「じゃーよ、おっちゃん、アタシとコイツにウルシとイワシ、あるだけ。頼む」


 「ねーちゃん、鍛冶師のレディアだね? 荷車ストレージの中身、大丈夫かい? 今更だけどウルシは重いよ? 鉄ほどじゃないけどさ。鉄が沢山余ってたら入らないぜ? 余ってるの買い取ろうか?」


 「おっちゃん、ギルド職員のくせに口うまいな。そうやって鉄売らせようとするなんてな。まだ使う予定があるから売れねえよ。コイツも一緒さ。仕事して余ったら売りに来るから」


 「ほんじゃ期待しとくからね。ウルシとイワシ、どっちも数量250だ。荷車ストレージに適当に入れとくから。代金はウルシが12ゴールド×250で3000ゴールド、イワシが4ゴールド×250で1000ゴールド、合計4000ゴールドだがいいかね?」


 「ああ、それでいいよ。ほんじゃ戻ったらまた来るからな」


 「ああ、そうだ、明日カフ行きの隊商の第一便が出るから、道中安全に行きたいんだったら一緒に行ったらどうだい?」


 「いや、隊商より早く着かねえと、交易品の値が下がるからな。今日中に出発するわ。でもわざわざ教えてくれてありがとな」


 丁度交易品を運んでいたギルドの職員がアタシらの荷車ストレージに交易品を入れ終わったので、アタシとナヨチンはギルドを後にした。


 「レディアさん、もう出発しますか?」


 「そうだな、出てもいいんだが、カフまではずーっと深い山ン中の街道通ってくからな。賊がけっこう出るんだ。まあアタシら二人でも撃退できると思うが、今回は一応用心して用心棒雇ってこうかと思う。だから酒場に行くぞ」


 アタシはそう言って、ちょこっと裏びれた通りに入っていく。


 「邪魔するよ」


 酒場のドアを開けてアタシがそう言うと、中では昼間から酒飲んでる奴らが数人いて、こっちを酔ったトローンとした目で眺めて来る。

 ビクッとして素早くこちらを振り向く奴らは、上司が見回りに来たんじゃないかって確認する城務めの奴らだ。

 戦が無い時は緊張感がねえな。


 「あら、いらっしゃーい。今日はどんな用事なの?」


 30代くらいで色気たっぷりのママがアタシにそう聞く。


 「ちょっとカフの町まで行こうと思ってね、道中の用心棒雇いたいんだけど、今って腕立ちそうな奴、いるかい?」


 「そうねえ、ちょっと待っててね。って、その後ろの子、アンタの連れ?」


 ママはアタシの後ろのナヨチン一ノ瀬優斗に目を留める。


 「はい、レディアさんと一緒にカフまで行く一ノ瀬優斗です」


 「あらあ、じゃこっちが鍛冶屋のレディアなのね。たまにはウチの店にも飲みに来てよ。ウチは骸骨亭と違ってアットホームな雰囲気よ。コメで作ったサケをたまには味わってみたら?」


 ママはアタシにそう言って話しかけて来る。

 と思わせておいてアタシの後ろのナヨチン一ノ瀬優斗の両手を握りしめた。


 「貴方が、そう……鍛冶屋のレディアが良い男咥え込んだって評判の……本当にいい男ねえ。

 ねえ貴方、もしレディアの修行がきつかったら、いつでもウチの店に来てね。幾らでも愚痴を聞くし、色々と慰めてあ・げ・る」


 手の握り方がねちっこくて見てらんねえ。

 距離を詰めたらナヨチン一ノ瀬優斗の手だけじゃなくて腕や足にもそーっとさりげなくタッチして、目立たない程度に撫でている。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗! 鼻の下伸びてるぞ」


 アタシがそう言うとナヨチン一ノ瀬優斗はそーっとママの手を外して「すみません、用心棒の人を紹介してもらえますか」とママに言う。


 「そうね、貴方みたいな優男に荒事は似合わないわね。貴方が戦わなくてもいいくらいに腕の立つ、この店で紹介できる一番の腕利きを紹介してあ・げ・る」


 ママはそう言うと近くに居た従業員の黒服を呼びつけ、耳打ちする。


 従業員はカウンターの裏側に引っ込む。

 カウンターの裏側に地下への階段があるようで、トントントンと降りる足音が聞こえる。多分地下の賭場に人を呼びに行っているのだ。


 しばらく待つと、階段を昇る2人分の足音がし、「なんじゃい、せっかくツキが回ってきたとこだっちゅうのに……」「まあまあ」と話し声が聞こえた。


 「この人がウチで紹介できる一番強い人よ。ちょっと年は行ってるけどね」


 「何じゃいキリーママ、年じゃと思っとるんなら荒事なんぞ頼まんで欲しいのう……って、レディアと坊主! どうしたんじゃ、こんなところに」


 「ゲンク爺さん!」「ゲンクさん……」


 「ねえ、ゲンク爺さん。そろそろツケ払ったっていいんじゃない? いっつも骸骨亭の女給仕に貢いで、ここでバクチ打ってスカンピンなんだから、用心棒代で払いなさいよ」


 「いや、今日はついに来たんじゃ! ワシが今まで海で生きて来て、一度だけ舟が飲み込まれるかと思ったあの伝説の大波並みのツキのビッグウェーブがのう! じゃからこのまま賭けさせておいてくれんかのう……」


 「ゲンク爺さん、今まで何度そのセリフ言ったのかしら? その大波からいっつも滑り落ちてるじゃないの。そんでヤケ酒呷ってまたツケ増やすんだから。

 ねえ。もう流石に飲ませられないわよ。水だって勿体ないわ」


 「いや、今度こそ本当の本当じゃ! 頼む……そうじゃ、レディア達はどこまで行くんじゃ?」


 「カフの町だけど」


 「カフの町なら、最近ワシの弟子にした奴に替わりに行って貰うから、それでいいじゃろう! おい、アイツ呼んできてくれんかの、急げハリー急げハリー


 黒服がドダダダっと走って階段を下り、下から何やかんや揉めている大きな声が聞こえる。やがてドンガラガッシャーンと音がして、ゆったりした足音が一つ階段を上がって来る。


 「何だよ、おやっさん、自分が負けてるからって人の足引っ張ろうとするのはナシってもんだぜ」


 そう言って階段を一人で上って来たのは、あのラッシって賊の頭目だった。







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