第16話 草食系男子の、しんみり。
酒で調子に乗ってジェニーに締め上げられた
「痛い痛い痛ーい……」
軟膏を塗って特効薬を飲ませてやるが、さすがにここまでになるとスグに回復してピンピンするなんてことは流石に無い。
ジェイクに宿賃を払って一晩ジェイクの店の2階で寝かせといてやることにした。
ジェニーは最初の約束通り
それ以来
ジェニーはまったく悪びれた様子もなく、「その『鬼逆撫で』っていうの、発動させるセリフ皆でボーヤのために考えてみなぁい?」と言ってその後もナヨチンをオモチャにしている。
隊商が徐々に来る時期が近づき、ジェイクの店の女性店員も増えて来た頃だ。
ジェニーと同僚たちは
「オレの美しさは罪……皆オレから目が離せないぜ……」とか
「オレが明日誰と寝てるかなんてことは、明日の風に聞いてくれ……」とか、非常にそれっぽいセリフを
最もナヨチンもアタシの仕事を手伝ってるから、毎日骸骨亭に来れてる訳じゃない。
ゲンク爺さんに頼まれた鍋釜をアタシの手を借りずに仕上げたりしてたから大体7日置きくらいの頻度だ。
そんな日々の中、アタシは悩んでいた。
最も本気で
どうやって
アタシの元である程度鍛冶の基礎は教え込んでいる。
既に『砂鉄採集』『鉄穴流し』『製鉄』『火薬調合』と、鍛冶になった時に使えるカードは手に入れている。
でも、アタシと一緒に剣を打つ経験を積ませても、自宅で鍛冶場を開き鍛冶を名乗れるカードは手に入っていない。
やっぱりそうなんだな、と悔しく情けない思いで一杯だ。
単に、この世界の
伝統って言ってもいい。
剣や銃といった武具を作れる『職人』を名乗るには、各地の伝統的な技法を最低1つ修めていないといけない。
アタシの持っている『鉄砲制作』『エミナ伝』『セイナ伝』『トモ伝』ってカードがそれなんだ。
アタシの武具打ちは、それらの技法を自分で工夫して合わせて使ってる。
だから、もしかしたら
いや、正直アタシのやり方を『オエーツ伝』なんてカードで覚えるんじゃないかってチラっと期待していた。
だけど
やっぱり、その技法を正確に伝える、その町の鍛冶屋で修行をしないと修められないのだ。
アタシ自身も、実際にそれぞれの町を巡って、各地で修行して覚えていったのだから。
アタシの生まれたネグハムの町は、鉄砲鍛冶の技法を伝えていた。鉄砲鍛冶の技法はネグハムとサイガの町に伝わっている。
『エミナ伝』はエミナの町、『セイナ伝』はセイナの町、『トモ伝』はトモの町に伝わる伝統技法だ。
やっぱりその何処かの町の鍛冶屋で、しっかり覚えないといけないんだろう。
でもアタシにとっては、自分の技量に対する自信が揺らいでいる原因の一つだ。
何か自分自身の殻を破り切れていない、だからナヨチンがカードを取れないんじゃないかって、そんな風に感じてしまっている。
実際、アタシが打つ武具も価値5や価値6は作れているが、自分の中の感触で「これは!」と感じた剣が、仕上げてみれば価値6に落ち着く、ということが続いている。
価値7が、近いようでまるで遠いのだ。
そんなアタシだから、
「えらくお悩みだねえ、レディア姉さん。顔に出てるぜ」
骸骨ジェイクがアタシの前にバケツジョッキを置きながらそう言う。
「どんな
「何だよジェイク、酒の達人みてーなこと言うじゃねえか」
「へっ、こちとら死ぬ前から飲んでたんだぜ? 年季が違うわな」
「……そうかい」
「……何だよレディア、本当にここんとこ、らしくねえぞ。何だよ、この店が賑わって俺達に構ってもらえねえから拗ねてるとかじゃねえよな?」
骸骨ジェイクの店「骸骨亭」の店内は、隊商としてやってきた商人や、その商人たちを護衛する傭兵たち、そしてそいつらの一夜の相手目的でやってきた女たちでごった返している。
ジェニーや給仕の女たちも忙しく飛び回っているし、客に誘われ交渉成立で上に上がっていった奴もいる。
「商売繁盛でいいことじゃねーか。そんなんで拗ねるくらいなら、こんなトコに来ねーでそこらで何か買って食ってるよ」
アタシはバケツジョッキのエールをグイッと一気に喉に流し込んだ。
「おかわり、要るか?」
「ああ、頼むぜ。
「……はい、レディアさん」
骸骨ジェイクはアタシの前に丁寧にバケツジョッキを置く。
アタシはそれをまたグイッと呷る。
けど半分干したところでカウンターに置く。
「ハァ……なあ
「はい」
「すまねえな……」
「……何が、ですか? 僕がレディアさんに謝んなきゃならないことはありますけど、レディアさんに謝られることなんて無いですよ」
「アタシはな、多分思いあがってた。オマエに鍛冶を教え込んで一端の『職人』にしてやれるってな。
だけどアタシにゃお前に『~伝』のカードを教えてやれねえんだよ。やっぱり伝統があるもんだからよ、しっかり基礎は基礎で一筋にやんなきゃいけねえみたいだ」
そこに骸骨ジェイクが口を挟む。
「レディア、オマエはネグハム出身で元は鉄砲鍛冶だろ? 鉄砲だったらユートに『鉄砲製作』伝えられるんじゃねーのか? ネグハムの鉄砲制作の業だって、元はサイガの鍛冶が集団で移り住んで伝えたらしいじゃねーか。だったら行けるだろ」
「ジェイク、よくそんなこと知ってんな……確かにそうらしいけどよ、『鉄砲制作』ってのは他の打物と違って特殊なんだ。細けえ部品を一個一個細工して打たなきゃなんねえ。他の『~伝』を覚えてからじゃねえと、大体モノになんねえんだわ」
「そうか……悪かったな、口挟んじまってよ」
「いや、いいさ。結局アタシが
「……すみませんレディアさん、僕が物覚え悪いばっかりに……」
「バッカ野郎、オマエのせいじゃねーよ。自分が悪くもねえのに頭下げんじゃねえ!」
アタシはそこは強く言った。
自分の不甲斐なさで落ち込んでるのに、
「レディアよう、すっきり解決するかわかんねーが、ニホン人の転移者に会いに行ってみちゃどうだ? 何か、オマエのもやもや晴らすヒントがあるかも知れねえぜ」
突然骸骨ジェイクがそんなことを言い出した。
「ニホン人の転移者だぁ~? 何で突然そんなこと言い出すんだよ、唐突過ぎんだろ」
「唐突っちゃ唐突だが、前にここオエーツに現れてふらふらしてたニホン人の奴がいるんだわ。そいつが何か言ってたんだよな、鍛冶でどうこう、医者でどうこうってな」
「何だよ、全然具体的じゃねーな……大体アタシはそんな奴知らねーぞ」
「レディアが剣打ってる時だったからな。オマエ剣打ってると30日はずーっと鍛冶場に籠りっきりだろ? そん時だよ。オマエが鍛冶場から出てうちの店で飲んだくれた時は入れ替わりみてーにどっか行ってたしな」
「何だそりゃ。で、何て野郎だよ」
「ナカザワユースケっつったかな。何かニホン人でも典型的な奴だったぜ。風の噂だと今はカフの町に流れて行ってるらしいな」
「僕もその人に会ってみてもいいですか」
「何だよ
「同じニホン人だからってのもありますけど……僕より先にこの世界に来てる人だったら、何か色々と事情知ってるかも知れないですから」
まあ確かにな。
この世界のことをアタシらより知ってるとは思わねえけど、
それにカフの町からはエミナの町も近い。
ソイツに会っても大した話は聞けねえかも知れないが、
「わかったよ。んじゃソイツに会いに行ってみるとするか」
アタシは金貨をカウンターにバチンと置いた。
「ジェイク、とりあえずアタシとナヨチンにエール、頼むぜ。
とりあえず動いてみるからよ、門出の一杯だ。
ジェイク、てめーの分もな」
アタシはそう言って、バケツジョッキの残りを一気に飲み干して骸骨ジェイクに渡した。
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