第15話 草食系男子の、酒癖。




 アタシとナヨチン一ノ瀬優斗はオエーツの自分の鍛冶場に戻ってから、まずはナヨチン一ノ瀬優斗に採って来た砂鉄をインゴットにする『製鉄』を教え込んだ。


 つっても、手取り足取り口取り優しく丁寧に、なんてことはアタシにゃできない。

『砂鉄採集』の時のように、アタシが作業するのを見て覚えて貰う。

 一応木炭をガンガンに燃やして鉄を溶かさなきゃならないから、危険な立ち方、危険な持ち方なんかはその都度注意する。

 まあ溶けた鉄を手足に被って無くなっちまっても、すぐ死にゃしないで軟膏塗ったら治るが、頭突っ込んじまったら流石に命はない。

 ナヨチン一ノ瀬優斗は炉の発する熱で汗ダラダラ流しながらも、アタシがやるのを見ながら黙々と製鉄作業に取り組み、『製鉄』を覚えた。


 鍛冶仕事ってのは、鍛冶場に長期間こもらなきゃならない作業が多い。

 『製鉄』作業も今回採集してきた砂鉄を一気に全部溶かしてインゴットにしたんで、作業が終わったのは10日後だ。

 今回はナヨチン一ノ瀬優斗に合わせずに、10日間休まずぶっ通しでやり切った。

 ナヨチン一ノ瀬優斗も、音をあげずに10日間アタシに付き合った。


 『製鉄』作業が終わり、アタシとナヨチン一ノ瀬優斗は久々にメシを食いに行くことにした。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗、メシだがどうする? 骸骨亭でいいか?」


 「ええ、骸骨亭でいいですよ」


 一応ナヨチンにも確認して、骸骨亭へ。


 ふっ、10日ぶりのエールがアタシを呼んでいる。



 「ジェイク、エールだ! アタシはいつもの、ナヨチン一ノ瀬優斗には普通のジョッキでな」


 アタシはカウンターにバチンと金貨を置き、ヒマそうにしていたジェイクにそう告げる。


 「レディアさん、今日は自分の分は自分で払います」


 ナヨチン一ノ瀬優斗がそんなことを言い出した。


 「オマエ、一日20ゴールドしか払ってやってねえんだからよ、無理すんな」


 「いや、僕も自分の分くらい払いたいんです……レディアさんみたいに」


 そう言うとナヨチン一ノ瀬優斗はアタシの真似なのかバチンとカウンターに金貨を置いて、「ジェイクさん、僕にもエールを! 大ジョッキで! 製鉄作業を10日ぶっ通しでやったんで、喉渇いてるんです!」と言った。


 思わずナヨチン一ノ瀬優斗の顔を見ると、ナヨチン一ノ瀬優斗はニカッと笑う。


 「レディアさんがやってるこれ、やって見たかったんです」


 「お、おう。そんなん好きにしろよ」


 アタシは何でかちょっとドキっとした。

 鍛冶修行だってアタシの動作を見て真似てんだから、アタシのやることを何となく真似てみたいんだろう。

 ただそれだけだっつーのに。


 骸骨ジェイクはアタシとナヨチンの前にジョッキをドン! と置く。


 「はいよ。心と体が満たされるまで飲んでってくれよ」


 「ジェイク、何でおめーはいつも最初の一杯を乱暴に置いてこぼすんだよ! もったいねーだろうが!」


 「久々にレディア姉さんの顔見たから感動しちゃって手が震えんだよ」


 「チっ、抜かせ。10日しか経ってねえぞ」


 「そう言うなって。隊商来る前のこの時期が一番ヒマなんだよ。地元でガンガン飲んでくれる太客来たら嬉しくてつい、ってことでよ、許せ」


 そう言いながらアタシの手元の金貨を回収する骸骨ジェイク。

 アタシが払った金貨のうちからナヨチン一ノ瀬優斗分は残す。


 「おう、ジェイク、だったらこいつも持ってけ。アタシがアンタに奢ってやるよ」


 アタシは手元に残された金貨を骸骨ジェイクに向かって弾く。

 骸骨ジェイクはその金貨をキャッチし、店内を見渡した。


 「まあ閑古鳥だぜ。じゃあゴチになるか」

 

 骸骨ジェイクは自分の分のエールをジョッキに汲み、手に持ち、聞く。


 「今日の最初の1杯、乾杯の音頭はどうする?」


 アタシはナヨチン一ノ瀬優斗を見てニヤっと笑い、ナヨチン一ノ瀬優斗に言った。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗、たまにゃオマエが音頭取ってみろよ」


 ナヨチン一ノ瀬優斗はちょっと考えたあと、ジョッキを持ち上げる。


 「素敵な出会いに、乾杯」


 プッ、とアタシは吹き出しちまった。


 「何だよそれ、また『鬼逆撫で』発動させようとしてんのか? 敵はいねーぞ」


 「違いますよ! ……レディアさん、ジェイクさん、今はいないけどジェニーさんに会えて、本当に良かったなって思ってるんです。だから」


 「レディア、笑っちゃユートに悪いぜ。

 いきなり知らねえところに来てきっちり世話してもらえる奴に最初に出会ったんだから、ユートとしちゃ感謝したくもなるってもんだぜ。

 いいぜ、ユート。そいつでいこう。

 悪いがもう1回頼むぜ」


 「素敵な出会いに、乾杯」


 「乾杯!」


 アタシは笑いを堪えながらバケツジョッキを合わせ、一気にグイッとエールを流し込んだ。


 10日ぶりのエールは体に染みわたる。

 ドワーフが熱に強いって言っても、流石に10日間炉の前の作業だったから体が水分を欲していた。

 アタシは一気にバケツジョッキを空にしてドン、とカウンターに置いた。


 アタシと同じタイミングでナヨチン一ノ瀬優斗もカウンターにジョッキをドン、と置く。

 

 思わずナヨチン一ノ瀬優斗を見ると、ナヨチン一ノ瀬優斗もこっちを向いてニカッと笑う。

 

 何か嬉しくなって、アタシはまたバチンとカウンターに金貨を置いて骸骨ジェイクに「エール、おかわり! ナヨチン分もな!」と注文した。




 ナヨチン一ノ瀬優斗は、いつになくハイペースで飲んだんで、ちょいとヨイヨイになっている。


 「ほんろうに、ほんろうにれりあしゃんにひろってもらって、よかったれしゅ……じぇにーしゃんにも……いいけいけんれしたぁ……きもちいよかったれしゅ……」


 呂律も回ってねえ。

 コイツはアルコールが入ると浮かれるタチなんだな。

 幸せ一杯になっちまう。 


 ギイッと扉が開いて、誰か入って来た。

 

 「おっ、ジェニーじゃねえか。帰ってきたのか」


 骸骨ジェイクがそう言って表情を緩ませる。

 骸骨だけど、何となく顎の骨が嬉し気なんだ。


 「はぁ、疲れたわぁん。イナーグの町からずうっと歩きづめよぉ。アタシも乗馬が欲しいわぁ」


 「ラミアでも馬って乗れんのかよ? 想像つかねえぞ」


 「失礼ねぇ、乗れるわよぉ。横座りでお上品にねぇ」


 「馬の胴体に巻き付くと、馬が苦しがって可哀想だぜ。虐待じゃねーか」


 「ちゃーんと馬も気持ちよくしてあげるからぁ、張り切ってくれるわよぉ。

 あ、ジェイク、お土産。スカイの町まで行ってきたからぁ、異国商館でシガー買ってきたわぁ」


 ジェニーはそう言ってストレージから金属製のケースを取り出して、ジェイクに渡した。


 「おっ、コイツは上物じゃねーか。ジェニー、ありがとよ」


 骸骨ジェイクは嬉しそうに早速ケースを開けていた。


 「ジェニー、アタシらには土産ねえのかよ? 常連大事にしてるといいことあるかも知れねーぞ」


 「レディアは骸骨亭のお客でしょぉ? アタシには特にないわよぉ」


 「一人分金払ってやったぜ?」


 「……あー、じぇにーしゃんだあ。じぇにーしゃーん」

 ナヨチン一ノ瀬優斗がジェニーに気づき、陽気に手を振る。


 「あらぁ、坊やお久しぶりじゃなぁい。何かコッチに馴染んできたんじゃなぁい?」

 ジェニーはにゅるッとナヨチン一ノ瀬優斗の横に行く。


 「坊や、頑張ってお金を貯めたら、またお相手してあげるわよぉ? 坊やのカタさ、なかなか良かったんだからぁ」


 「ああ、ソイツが硬かったのは『鬼逆撫で』って秘技の影響みたいだぜ? 多分普通にジェニーが力一杯巻き付いたら、ソイツ体力0で病気んなっちまうぞ」


 「あら、そうなのぉ? ……ちょっと試してみたいわねぇ……」

 ジェニーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 ジェニーの悪い癖だぜ。


 「止めとけってジェニー、ソイツ金だって大して持ってねーから」


 「それでも2か月弱働いてたんでしょぉ? 使うところだって殆ど無い訳だしぃ、いいわよ坊や、有り金全部で」


 「エへへへへ……じぇにーしゃん、おねがいしましゅぅ」


 「おいナヨチン一ノ瀬優斗! オマエもやめとけって! 何浮かれてんだよ」


 「ウィエヘヘ……らってひさしぶりい じぇにーしゃんい まきちゅかれたいんだも~……ふゅひひ」


 うわ、コイツはダメだ、浮かれすぎて幼児に戻ってやがる……


 「じゃあ坊や、上にいくわよぉ」


 そう言うとジェニーはナヨチン一ノ瀬優斗を引っ担いで2階への階段をにゅるにゅると上がって行った。


 あー、ちょっとナヨチン一ノ瀬優斗を見直したんだけどな、アイツけっこう酒癖悪かったんだな……

 ありゃあ、絶対酒でしくじる奴だ。

 そのしくじりが今日、今、まさに、ってところなんだろう。

 これで懲りると良いんだけどな……


 2階から、ギッタンバッタン音がし出す。


 アタシと骸骨ジェイクは顔を見合わせる。


 骸骨ジェイクは火を着けた葉巻を咥えて吹かしている。

 さっきジェニーがお土産でくれた奴を早速吸っている。

 目から鼻から耳の穴から、煙が盛大に立ち昇っている。


 「ジェイク……それ笑わそうとしてんのか?」


 「いんや? ユートを心配してんだが?」


 「オマエ、それ味わかんの?」


 「わかるに決まってんだろ、多分南方のいいとこの奴だぜ? 煙の感触が違うわな」


 「味じゃなくて感触かよ!」


 「頭蓋骨に触れて流れる煙が優しくまろやかなんだよなあ」


 「オマエの内側、ヤニで真っ黒だわ! ヤニカスが!」


 「いいんだよぉ、もうデキモンの心配もしなくていいんだからよお。もう死んで何年も経ってんだからよ、葉巻くらい好きに吸わせろよ」


 そう言って、深ぁく煙を吸い込むと、カッコつけてもわぁっと吐き出した。

 半分以上は他の穴から洩れちまって、頭蓋骨が煙で隠れる程だ。


 ジェイクから立ち昇る煙が天井に届く。


 安普請の天井はギシギシ言っている。


 「ああん、坊や、そう、その調子……いい? 思いっ切りいくわよぉ」


 ジェニーの声が小さく聞こえる。

 何でこの真上の部屋でやるかね。


 「グエーーーーーーーッ……」


 ナヨチン一ノ瀬優斗の断末魔の声が響いた。


 ご愁傷様。







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