閑話 ゲンク爺さん




 「ほっほっほっ、毎度あり~、レディア。次はまた3カ月後くらいかのう?」


 ゲンク爺さんは、アタシが渡した船賃100ゴールドの入った革袋に頬ずりしながらそうアタシに尋ねる。


 「わっかんねーな、どれくらいになるか。剣や銃打ってたらもう少し後になるかも知れねーし、生活刃物ばっかりだったらそれくらいだろうし。

 何とも言えねーよ。

 ゲンク爺さん、そういやアンタ鍋とか釜とか、何か金物そろそろ替えたいとか考えてないか?」


 「そーじゃな、まあワシの住むあばら家は雨漏りしてるから、鍋釜はいくらあってもいいと言えばいいがのう。

 何じゃ、レディアが打ってくれるんかの?」


 「いや、アタシじゃなくてコイツに打たせようかと思ってさ。一応何とか『職人』名乗れる程度までは鍛えようかと思ってるんでね、コイツの練習台ってとこさ。

 そんかわしお代は安くしてやってもいいかなって」


 「じゃったら、大鍋5つに大きめの刺身包丁3本程頼もうかのう」


 「わかった。じゃあ次来るときに持って来るわ。代金はそん時相談な。

ナヨチン一ノ瀬優斗、気合い入れて打てよ」


 「は……はい」


 アタシがナヨチン一ノ瀬優斗の肩を叩くと、ナヨチン一ノ瀬優斗は驚いたように返事をした。

 まあ、『職人』にして送り出してやるっつーのは最初から考えてたことだから、ちょっとづつ教え込んでいかないといけないが、コイツ根性は意外とあるから何とかモノにするだろう。


 「じゃーな、ゲンク爺さん。次アタシらが来るまでは元気でいろよ。病気んなって死んだりしたらアタシが困るかんな」


 「ほっほっほっ、余計なお世話じゃ。わしゃ100までは生きるつもりじゃからのう」


 現金を手にしてお気楽なゲンク爺さんに手を振り別れを告げ、アタシとナヨチン一ノ瀬優斗はオエーツの町に戻るために街道を歩き出した。





        ◇◇ ◇◇ ◇◇





 レディアと小僧一ノ瀬優斗、二人の姿が街道から見えなくなったのう。

 小一時間もすればオエーツの町に二人は着くじゃろう。


 小僧一ノ瀬優斗に貰ったエロ本、なかなかバラエティに富んでいて、良いのう。

 近頃のエロ本はなんと言うか、とても扇情的じゃ。

 これも異世界人がこっちに来るようになってからの変化じゃな。

 昔の女体デッサンのような絵も、あれはあれで良かったが、異世界人が持ち込んだ「萌え絵」はこう、まとわりつくようなエロさがあるぞい。


 さーて、エロ本の品定めはまた後にして、後始末しとかんとの。

 昼近いからもうすぐ他の漁師が戻って来る頃じゃ。


 あまり目立ちたくはないからのう。


 しかし、ワシの目を潜っていつの間にあの離島に辿り着いたんじゃ?

 トラビスから話だけは聞いとったが、なかなかのはねっ返りのようじゃのう。


 ワシは舟の操作をしながら、エントー傭兵団団長のトラビスの使いの部下との話を思い出した。

 

 なんでもエントー傭兵団に所属していた者が、集団で脱走した。

 元は他の傭兵団から流れてきたラッシという男がそそのかしてのことらしい。

 

 「何でそいつはそんなことをしたんじゃ?」

 「ラッシはトラビス様が自分の実力を見抜いて重用してくれないと常々周囲に漏らしていたようですから、仲間を募って旗揚げでもしようとしてるのではないかと」

 「なんじゃ、勘違いの口だけ野郎かの。トラビスは人を見る目だけはある奴じゃからな」

 「トラビス様が聞いたらさぞ喜ばれるかと」

 「トラビスの奴、誉め言葉を欲しがるようではまだまだじゃのう」

 「ゲンクのおやっさんくらいしか褒めてくれる人がいないと嘆いておりましたから」

 「なんじゃあ? そんなことじゃワシが安心して隠居できんぞい」

 「トラビス様も、オツルーガ傭兵団との対応でお忙しいですから、たまにはそうした言葉を欲するのも無理ないかと」

 「ま、ワシャ隠居した身じゃからのう。褒めて欲しかったら顔出せとトラビスに伝えておいてくれ。

 それで、トラビス達はその脱走集団をどうするつもりじゃ? 見かけたら始末しておけばいいんかの?」

 「もしゲンクのおやっさんが見つけたら、ゲンクのおやっさんの処遇に任せるとのことです」

 「見どころはあるのかの? まあ悪さしなけりゃ鍛え直してやってもいいがのう」

 「どちらかと言うと剣の腕が立つというタイプで、あまり『海の傭兵』向きとは言えませんが、うちの傭兵団の鍛錬所で『船頭奥義』は身に付けています」

 「ほーう、一応自分の気になることはやるって奴かのう。まあ見かけたら人柄見てみるかのう」


 いやー、まさかレディアと小僧一ノ瀬優斗が離島に渡ってる間に離島に来るとはのう。

 ワシも年かのう? 油断しとったわ。

 だがまあ、そいつらに襲われたおかげであの2人も、ちょいといい感じになったようじゃから結果オーライかのう。

 なんせレディアは何かいつも張りつめとったから、気晴らしに恋の一つでもすればいいと思ってたからのう。 


 「ほっほっほっ、それに免じて許してやってもいいかの」





 離島の山奥、レディアがいつも砂鉄を採っている場所まで行くと、13人が縄で縛られて転がっておる。

 どいつもこいつもレディアの銃でやられて、意識が戻っても病気になっていて能力が3分の1じゃ。


 「ワシが来て良かったの。もう少し放っとかれとったら全員まとめて大鴉オオガラスのエサになっとったところじゃぞい」


 ワシはそう言いながら縄をナイフで切っていく。

 

 殆ど見かけたことがない奴らじゃ。

 ワシが隠居してからエントー傭兵団に入った奴らかのう?


 「ゲンクのおやっさん!」


 おや、こいつはワシのこと知っとるかの?


 「何じゃ、オヌシはワシを知っとるのか? 魚でも買ってくれたかのう? じゃったら毎度アリじゃあ。今度見かけたら安くしてやってもいいぞい」


 「自分は、アウラ城攻めに水夫として参加してました! あの時のゲンクのおやっさんの『胡蝶の陣』、あの整った陣の美しさと一糸乱れぬ統率、忘れられません!」


 「ほっほっほっ、昔の話じゃ。今は単なる漁師じゃぞい。

ところでラッシというのはどいつじゃ?」


 ワシが聞くと、そいつは一人のヨダレを垂らして転がっている男を指さした。


 「こいつかの」


 ワシはラッシに近寄りステータスを見る。

 ほうほう、確かに腕に覚えはあるって奴じゃな。

 実力はあっても、それを評価してもらえないってヒネクレてしまったタイプか。

 まずは一発ガツンが必要じゃの。


 ワシは他の奴らの縄を切り、特効薬を飲ませて回復させて回った後、一番最後にラッシの縄を切り、「特効薬」を3粒飲ませた。


 「ううん、俺は…どうしたんだ」


 「気づいたかの? オヌシは襲おうとした女子供に負けたみたいじゃぞい」


 「……! そうだ、あのナヨチン野郎、どこ行きやがった! ぶっ叩かねえと気が済まねえ!」


 「小僧一ノ瀬優斗ならとっくに帰ったぞい。オヌシ、腕に自信があるようじゃがのう、助けてもらって感謝の言葉もないのかな? ワシャ助け甲斐がないぞい。『特効薬』3粒も飲ませてやったっちゅうのに」


 「何だ? じーさんは引っ込んでろ!」


 「ほっほっほっ、元気だけは一人前じゃのう。プライドだけは高く高く、空よりも高いようじゃ。

 まあ好きにするがええ。

 オヌシは小僧一ノ瀬優斗にも、老いぼれのワシにすらも勝てん、プライドお化けじゃ。一人でこの島で頑張って生きていけばよい」


 「何言ってやがる! おうオマエラ、この爺さんふん縛って転がしちまえ!」


 ラッシはそう怒鳴るが、周囲の12人はその言葉に従おうとはしない。

 ワシのことを知っている何人かが、他の奴らに話していたようじゃのう。


 「オヌシの仲間は従わんみたいじゃぞい? どうするんかの? 一人一人ぶっちめて言う事聞かせるんかの?」


 「……ジジイ、てめえなんざ俺一人でどうにでもできるぜ!

 俺の言う事聞かねえてめえらも、まとめてかかってきても俺の相手にならねえっての、まだわかってねえようだなあ……あとで骨の髄まで再教育だあ!」

 

 「おやっさん、ラッシは腕だけは立ちますぜ……」


 ワシの後ろに立っていた、ワシのことを知ってる奴が、そう言ってくる。


 「ワシのことを心配してくれるのかのう? まあ隠居して長いからのう。

 じゃが、コイツはワシに任せて、オマエたちは乗って来た舟に乗って待っておれ」


 「……わかりました、おやっさん。お前たち、舟に戻るぞ」

 

 ラッシの仲間たちは、ぞろぞろとワシとラッシをその場に残して自分たちの舟のある場所まで戻って行った。


 「ジジイ、てめえ隠居した海賊傭兵かよ……ちょっと人望あるからっていい気になんなよ……人望なんて不確かなモン、絶対的な力には敵いやしねえんだ!」


 「ワシに人望があるかなんて、わからんのう。人望なんて、求めて手に入るモノではないぞい。

 ところでオヌシ、剣使いなのに剣がないのう。それでワシをどうにかできるのかの? どうするつもりじゃったんじゃ」


 「……チキショウ、あいつら俺の金目の物、根こそぎ持ってきやがった……!

 俺の大事な書物まで……クソッ、許しちゃおけねえ!」


 「書物なら、小僧一ノ瀬優斗がワシに謝礼としてくれたぞい。どんな書物じゃ? ワシに勝てたら返してやってもいいぞい」


 「……『刀剣女子』って姿絵集だ! 主役の『であべすて』の主人で鍛冶師のレヴィが俺の嫁だ!」


 「……嫁って……オヌシ結婚しとったのか?」


 「気に入った登場人物を嫁って言うんだ、最近は! ジジイにはわからんだろうがな! 俺の嫁を奪った奴は許せねえ! ジジイ、返してもらうぞ」


 「刀剣女子」なんてエロ本、小僧一ノ瀬優斗にもらった中にあったかのう?

 ワシャ一通り見てみたが、巨乳エルフとか巨乳亜人種ものばかりじゃったような気がするがのう。


 「なんじゃ、オヌシも巨乳好きかの? まあ巨乳好きはまだ乳離れしとらん証拠じゃ。男はおっぱいについつい母性を見てしまいがちじゃからの」


 「……ふざけんなジジイ! レヴィは小柄でちびっこに見えるが、脱ぐと整ったプロポーションのいい女だ! 普段とのギャップに萌えるんだよ! 巨乳みてーなバランス悪い乳じゃねえ、整った美しい乳なんだ!」


 「なんじゃ、それでレディアを襲ったんかの。アホじゃな、姿絵は姿絵じゃのに。現実の女とは別物じゃぞ。姿絵は姿絵として楽しむもんじゃ」


 「うっせーぞジジイ! ジジイに指図される言われはねえ!」


 「まったくのう、そんなんじゃ宿娘にもモテんぞい。

 ま、おしゃべりが長くなってしもうたな。

 ワシに勝ったら返してやるから、気合い入れてかかって来んかい」


 ワシはストレージから剣を一本取り出してラッシに放った。


 「……ジジイ、いい剣持ってんじゃねえか」


 「オヌシが襲ったレディアが打った剣じゃ。『三』って銘じゃ。価値5あるからオヌシの武力を+5してくれるぞい」


 レディアは、もうちょっと銘を大事にした方がいいと思うがのう。

 「三」って、価値5以上が出来て3番目だから「三」らしいが。

 もっとも最近じゃあ「あか斬れ」だの「おお斬り」だのじゃから、まだ数字の方がいい気がするがのう。


 「……こんな剣俺に渡して、ジジイ、後悔すんなよ……」


 「ワシに勝ったら、その剣もくれてやるぞい」


 「ありがとうよっ!」


 ラッシはそう言うといきなり斬りかかって来よった。

 む、ええ太刀筋じゃな。

 じゃがワシはひらりと躱した。


 「甘えな! ジジイ!」


 ラッシはワシが躱した方向に太刀筋を曲げる。


 「ほっ! 『畳返しの術』!」


 ワシは「畳返しの術」でいきなり出現した畳でラッシの太刀を受け止めると、ひらりとバク転して距離を取る。


 「ジジイ、海賊傭兵のくせに忍術使いかよ……だけど『畳返しの術』は連発できねえよなあ! こいつはどうだ、『浮舟』!」


 ラッシはワシに向かって強烈な剣戟を飛ばした。

 「浮舟」はカミーズ流の剣戟飛ばし技の中でも最強の威力じゃ。


 じゃがのう、隙も大きいぞい。


 「『二連苦無』!」


 剣戟を躱すと同時に、ワシは懐に忍ばせた釘を2本飛ばす。


 カキン!

 

 一本はラッシが剣で跳ね飛ばしたが、もう一本がラッシの腕に刺さる。


 「ジジイ、やるじゃねえか」


 「オヌシこそ余裕じゃのう。じゃがこの距離では剣が届かんのう。後でグダグダ言われても敵わんからの、オヌシの距離でやり合ってやるかのう」


 ワシはあえて距離を詰める。


 「ナメんじゃねーぞ! ジジイ!」


 ラッシはまたしても上段から斬りかかろうとする。

 工夫がない奴じゃのう。


 「ひょいっとな」


 それをまたワシは躱す。

 また剣筋曲げて来るかのう?


 ラッシはニヤッと笑うと剣を手放し、ワシの目の前で両手を叩いた!


 しまった! 『猫だまし』か!


 「かかったな、ジジイ! お前の好きな搦め手、俺だってそれぐらい使えるんだぜ! くらえ、『一刀両断』!」


 『猫だまし』で一瞬足が止まったワシに、ラッシは剣を拾い直すと強烈な切り下ろしで甚大なダメージを負わせた上で相手の動きを止める技『一刀両断』を放って来た。

 

 ザシュウッ!


 ワシはラッシの『一刀両断』を食らい、その場に膝を着く。

 痛たたたた、動けん……


 「ジジイの割にゃなかなかだったな。だけどよお、俺に上等切れる程じゃなかったなあ。安心しろ、殺しゃしねえ。『刀剣女子』は返してもらうし、金目のモノも全部かっぱがせてもらうけどよ。着てる服も下帯も全部な。素っ裸で転がしといてやる。ジジイの裸なんざ誰も見向きゃしねえだろうし、大鴉オオガラスだってジジイの老いぼれた肉なんざ食わねえだろうさ」


 ラッシは勝ち誇ってそう言うと、ワシに剣を振り下ろした。


 動けないワシの脳天に、断ち割ろうと振り下ろされたラッシの剣の切っ先が当たった。


 瞬間。


 ボン、と音がしてワシの体は煙をその場に残して消え、ラッシの後ろに出現した。


 「な、何ぃ!」


 「『岩砕き』!」

 焦るラッシの背後に回ったワシは、苦無技で最強の技を放った。


 光を放って飛んだ釘がラッシの背中に刺さり、刺さった周囲をべコリとへこます。


 ラッシは崩れるようにその場にうつ伏せに倒れた。


 「ふう、オヌシなかなかやるのう。ワシを慌てさせるなんて大したもんじゃぞ」


 ワシは倒れたラッシにそう声をかけた。


 「ジジイ、てめえ……何しやがった……」


 「『岩砕き』じゃ。オヌシ『死んだふり』って防御技持ってるんじゃろ? 『岩砕き』は防御不能技じゃからの。オヌシの『死んだふり』は発動せんかったんじゃ」


 「違う、その前だ……確かに『一刀両断』で動けなくしたハズだ……」


 『木葉隠れの術』。

 敵の攻撃が当たった瞬間、煙を残して他の場所に移動する秘技じゃ。

 ワシが若い頃、剣聖カミーズと闘った時にも善戦できたのはこの技のお陰じゃ。

 ワシに『木葉隠れの術』を使わせるとは、コヤツなかなかやる。


 でも、もうしばらく見極めんといかんかのう。


 「知りたかったら、ワシに勝ってステータス見るんじゃな。

 じゃあ、ワシらは一旦帰るぞい。

 オヌシはしばらくこの島で自分を見つめ直すが良い。舟は残してやらん。

 またしばらくしたら様子を見に来てやるからの」


 ワシはそう言って、倒れたラッシを残してその場を後にした。


 また1か月程したら様子を見に来てやるかのう。







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