第14話 草食系男子の、謝礼。




 アタシはすっかり毒気が抜けた。


 しばらく両目を抑えて転げ回っていたナヨチンに目薬を注してやったあと、とりあえず賊から回収した「詫び代」をストレージにしまう。


 「レディアさん、これはどうしますか……」


 ナヨチンは拾い集めたエロ本の束を持っている。


 「ああ、好きにしな。オマエも若いんだから使うんだろ? てか使え。

 ヤリたくなったら女口説きゃいいって考えは捨てろ。代わりにそれ使え。

 ただしアタシん家でスるのは止めろ。一応アタシも乙女なんだからよ。

 ヌくときゃ宿屋行け。骸骨亭でいいぞ」

 

 「いや……レディアさん何か誤解してませんか……」


 「してねえつもりだけどな。オマエだって若いんだからよ、たぎるモンもあるだろうて。アタシの母性がそう告げておる」


 ふん縛った賊の頭目ラッシが目に入る。

 

 「ていっ!」


 アタシは気絶したままのラッシを一発殴りつけた。

 殴りつけたラッシの顔がパグっと逆を向き、よだれが飛び散る。

 アタシの燻った腹立ちは、ちょっぴりだけ収まった。


 「おいナヨチン、その『刀剣女子』ってエロ本だけは、燃やせ。アタシの話聞いてたんだったら、何となくわかるだろ?

 頼むから」


 「……はい」


 ナヨチン一ノ瀬優斗は賊から奪った火打石で火を着けようとするが、上手く行かない。


 慣れてねえから仕方ねえな。


 「おい、これならナヨチン一ノ瀬優斗でも火、着けられるんじゃねえか」


 アタシは豪雷砲をナヨチン一ノ瀬優斗に渡した。


 「銃口に乾燥した草をふんわり詰めて、火皿に点火薬入れて、引き金弾いたらすぐに銃口から出して小枝にくべろ」


 ナヨチン一ノ瀬優斗はアタシが言った通りにした。


 フリント燧石で着火した点火薬が乾燥した草を焼き、火種になる。


 ナヨチン一ノ瀬優斗でも簡単に火が起こせた。


 これ、着火の細工んとこだけ火付け道具として売ってもいいんじゃねーかな、うーん。

 いや、やめとこう。

 それを元にして銃作られたら面倒くせー。


 ナヨチン一ノ瀬優斗は、起こした火に「刀剣女子」をくべるか一瞬躊躇ちゅうちょしてたが、アタシがキッと睨みつけると諦めて火の中に放り込んだ。




 アタシとナヨチン一ノ瀬優斗は、朝日が出る前にゲンク爺さんが迎えに来る砂浜に向かった。


 縛り上げた賊どもを砂鉄採集場所からどかすのが面倒だったんで、もう十分砂鉄も採集できてたから賊どもはそこに放置し、砂浜で休むことにしたんだ。


 砂浜に2枚ござを敷いて、そこに各々座りゲンク爺さんの舟を待つ。

 アタシは疲れちゃいなかったが、何となく横になった。


「済まなかったな、ナヨチン一ノ瀬優斗。撃っちまってよ」


 穏やかな波の音を聞きながら、アタシはそう言った。


 「まさかオマエがアタシの昔語りを聞いてたなんて思わなくてよ。アタマが真っ白になっちまったんだ」


 「……僕も、悪かったですよ……つい聞いてしまって済みませんでした……」


 「何かなあ、いつもだったら鍛冶のこと聞かれたってサラッと流すんだけどな……。オマエがアタシの容姿のことも触れるからよ、そんでつい、な」 


 「……レディアさんに言われるまで、僕はそんなに人の容姿気にした言動してるなんて自分では気づいてなかったんです……」


 「仕方ねーよ、生まれ育ったところの価値観出るのは当たり前なんだからさ。ニホンてところは他人の容姿を気にするとこなんだろ。オマエだけのせいじゃねーよ」


 「……ありがとうございます、レディアさん……」


 「普通は容姿褒められたら悪い気ってしねーモンなんだろう。アタシだって普通に育ってたらそうだったんだろうな。

 でもよ、やっぱダメなんだわ。

 容姿が良けりゃ作るモノまで価値があるなんて、それはやっぱおかしいぜ。

 モノはモノ自体の価値で評価されるべきなんだ」

 

 「……やっぱり自分の納得いってない作品が他人に評価されるのって嫌なんですか……?」


 「そうだな……使ってくれるのは嬉しいのさ、それが大して価値のない生活刃物だったり鍋釜だったりでもな。

 でもよ、使いもしねえでただ祭り上げてるってのは気持ち悪いんだよ。

 あの剣ってな、自分で打っててわかるんだが、外面だけは綺麗に仕上がってるんだ。ただ、鍛錬が足りてなかった。不純物を叩きだせてねえから、実際に得物として使ったら多分すぐ折れちまう。

 そんなモンを、古くから伝わる価値7の逸品と並べたてまつるなんてのは、昔からずっと続いてる鍛冶って仕事を貶めることに他ならねえって、アタシは思うのさ。きっと親父もそういう気持ちだったんだろうな」


 「……そうですね、何となくわかる気がします……」


 アタシは目を閉じて波の音に耳を傾けながらナヨチン一ノ瀬優斗の言葉を聞いた。

 ナヨチン一ノ瀬優斗も横になってるんだろう、声が低い位置から聞こえる。


 「……僕も、レディアさんの打った『であべすて』みたいなものだったのかも知れないですね……」


 「何だよ、オマエも祭り上げられてたってーのか? 確かに見てくれはいいもんな」


 「……自分では自分の容姿を気にしたことってあんまり無かったですけど……周りからはそう言われてましたから……」


 「そうか。まあオマエにも色々あったんだな。

 ところでよ、またオマエ『鬼逆撫で』発動させようとしてんのか?

 何かあの特技ってよ、オマエがオマエらしいナヨッとしたこと言ったら発動するっぽいからよ。

 ちょっと一瞬イラっとして叩きたくなったわ」


 「止めて下さいよ、レディアさん!」


 ナヨチンがガバッと起き上がった気配がする。


 「何だよ、『鬼逆撫で』発動してりゃ別にダメージ食わねえだろ」


 「何かレディアさんに叩かれるのが一番痛いんですよ! 賊の剣で叩かれるのよりも、さっきの弾丸よりも全然痛いんですから!」


 「痛えのくらい気にすんなよ。まったくオマエはよくわかんねーな」


 「痛いのは嫌なんですよ! さっきだってレディアさんに叩かれた後は痛みで声も出ないくらいだったんですよ!」


 そんな強く叩いた覚えはねーんだけどな。


 「じゃあ今度はいい感じで音だけは響くように叩いてやるよ」


 

 アタシとナヨチン一ノ瀬優斗がそんな風に話していると、水平線からゲンク爺さんの舟が、こっちにグングンと近づいてくるのが見えた。





 「ゆうべは、おたのしみでしたね」


 舟の上からゲンク爺さんがアタシらに発した第1声はそれだった。


 「楽しんでねーよ! 賊に襲われて大変だったんだぞ!」


 「ゆうべは、おたのしみでしたね」


 「楽しんでねーっつうの!」


 「ゆうべは、おたのしみでしたね」


 「何だよ爺さん、またモブごっこかよ……」


 呆れるアタシの横からナヨチンが舟に近寄り「つまらないものですけど……」と言ってストレージから何かを出して渡す。

 

 ゲンク爺さんはそれを受け取ると「これはこれは結構なモノを…」と気持ち悪い言葉遣いで謝礼を述べる。


 「ナヨチン一ノ瀬優斗、何渡してんだよ」


 「あ、あのー、書物です」


 エロ本か。


 「若いの、ワシの好みを良く知っとるのう……これは5000ゴールド以上の価値があるのう」


 「だったら帰りの謝礼はナシでいいな」


 「それとこれとは話が別じゃ! 来月ジェニーちゃんにお相手してもらう軍資金は必要じゃからのう」


 「爺さん、そろそろ枯れてもいい年なんじゃねーのかよ? その調子じゃ何人孫いるんだかわかんねーな」


 「ワシャ死んだバーサンがおった頃はバーサン一筋じゃったわい! 最愛のひとがワシを残して先にいってしもうたから、ワシャ寂しくてその心の穴を埋めるために仕方なくやっとるんじゃ」


 「鼻の下伸ばしながら言っても説得力ねーんだよ、ったく。

 じゃ、帰るぞナヨチン一ノ瀬優斗、さっさと乗んな」

 

 「は、はい」


 ナヨチンが急いで舟に乗ろうとしたら、ストレージからバサッとエロ本が1冊落ちた。

 全部をゲンク爺さんに渡した訳じゃなかったらしい。


 そのエロ本は女騎士モノだった。


 「おい、ナヨチン一ノ瀬優斗、落したぞ。いい趣味してんな」


 「あ、あのこれは……」


 「いいってことよ。ガンガン使え。

 ただし何度も言うけど宿屋行ってな」


 体にぴったりフィットした鎧を着こみ剣を構えて爽やかにほほ笑む女騎士の絵が表紙になったエロ本をナヨチン一ノ瀬優斗に渡し、アタシも舟に飛び乗った。






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