第9話 草食系男子の、太眉。




 アタシは今まで誰にも言った事のない過去の話をつい口にしちまった。

 心の中にきつく押し込めていた、思い出さないようにしていた過去だ。

 やめとけ、ってもう一人のアタシが言う。

 でも一度口から溢れてしまったら、止まらなかった。


 「アタシの家は代々鍛冶屋だ。それなりのしっかりした打ち物作るのがアタシの一族の誇りだったのさ。

 親父はもうちょいで『天下一鍛冶』に手が届くってとこまで行った人だった。

 それが最近この国の最大領主が変わってよ、アタシの故郷の町もその領主の領地ン中になった。

 その領主がよ、言い出したんだよ。

 打ち物の価値にゃあ打つ人間の人品も関わる、見目麗しい奴が打った打物の方が価値がある、なんてことをな!」


 ああ、そうだ。

 あの領主があんな価値観打ち出さなかったら、アタシも両親の工房を継いでネグハムの町で暮らしてたはずだ。


 「アタシの故郷のネグハムの町で、ドワーフなのにエルフみてーな見た目のナヨった鍛冶一族がいたんだ。

 そいつらの打つ打物はよ、アタシらの間じゃまだまだ作りが甘えって評価だった。

それがよ、領主が変わったらそいつらの価値3くらいの城の兵士が使うような打物が、価値5だの価値6だのって祭り上げられたんだぜ。

 真面目にやってられっかよ」


 ああ、そうなんだ。

 本当にやってらんねえ、うちの両親がそう思うのも無理はねえさ。


 「そのせいで、うちの両親は飲んだくれるようになった。

 多少見てくれがいいアタシに鍛冶やらせてな。

 アタシャ鍛冶は好きだった。代々の生業だし、鉄が熱されてオレンジ色に輝き、それを自在に加工する両親を、アタシは尊敬してたんだ。

 両親みたいな鍛冶になりたい、そう思ってたからアタシは両親が飲んだくれようとも両親の名誉のために頑張ろうって思ってたさ。

 でもよ、ある日アタシが打った自分でも納得の行かねえ1本を、城の軽薄な家老がこいつは価値7近くあるんじゃねえかって言い出したんだよ!」


 ナヨチン一ノ瀬優斗はアタシの勢いに押されてるのか黙って聞いている。

 最も、コイツが口挟むようなことは今まで一回も見た事がない。


 「価値7ってどういうことか解るか? この天下で最高の1本ってことだぞ!

 つまりは『天下一鍛冶』の称号を贈られるってこった!

 親父が手が届きそうで届かない、そんな称号だぜ?

 鍛冶を始めて6,7年のアタシがすぐに手に出来る、そんな軽い称号じゃねえ!

 だいたい、打ったアタシ自身が一番わかってるんだ! あんな出来損ないにそんな価値はねえってことがよ!」


 アタシはござにくるまって、ナヨチン一ノ瀬優斗に背を向けて横になっている。

 ナヨチン一ノ瀬優斗からアタシの顔は見えねえはずだ。


 「何をトチ狂ったか、お袋はそれを聞いて大喜びしたよ……

 いくら酒に強いドワーフと言っても、あんだけ酒浸りだとアタマに影響でも出るんじゃねーかってアタシは思った。それくらい以前のしおれた様子とは違って、違和感しかねえ狂ったような喜びようだった。

 そんで親父はなあ、浮かれたお袋にその話を聞かされたらよ、その場で自分の打った剣で自分の腹掻っ捌いて死んだよ! もうちょいで価値7いっただろう自分の最高傑作の剣でなあ! 

 『天下一鍛冶』に一番近かった親父は、世に絶望しちまったんだよ!

 不貞腐れて飲んだくれて、でもまたいいモノが正当に評価される価値観に戻るんじゃねーかってちっとの望みを抱いて……

 そいつを自分の妻と娘に裏切られたって思ったんだろうな……」


 アタシは、自分の目から涙が出てるのに気づいてた。

 けど、ナヨチン一ノ瀬優斗に気取られるのが嫌で、涙を拭えずにいる。


 「そんでよ、狂ったように浮かれたお袋が、アタシと見目麗しいナヨった鍛冶一族の息子をな、結婚させるって言い出したんだよ。

 そこの息子の言い草が傑作だったぜ。『れでぃ~あ、君のような麗しく腕のいい娘がボクとけっこんしてくれるなら、この世の貴重品の価値は天井知らずだね~、ボクらの子供は必ず価値8の打物を誕生させてくれるよ~ん』……だってよ!

 虫唾が何周も走り回ったわ!

 テメーの腕じゃあ本来価値3がせいぜいのくせによ!

 その夜のうちにアタシはネグハムの町を逃げ出した。

 それでこのオエーツの町に来たのさ」


 ちきしょう、酒でも飲まなきゃやってらんねえよ!

 でも、鍛冶の仕事中に飲んだくれるなんてこたあ仕事に対する冒涜だ。

 だから持って来てねえ。

 ゲンク爺さんが飲んでた奴、譲って貰えば良かったか……


 「何でオエーツの町に来たのかって理由はよ、まずは鍛冶が誰もいなかった。

 アタシのことを知ってる奴が居なかったってのと、砂鉄が豊富に取れる島が近いってのと……

 領主の『軍神』が、質実剛健な性格だからってのが一番デカい理由さ。

 打つ奴の見た目で価値が上がる、なんて歪んだ評価は『軍神』はしねえ。

 打った打物の出来だけで評価されるんだ。

 それが当然のことだ。

 その当然のことをしてくれる領主ってのが段々少なくなって来てるんだ。

 嫌な世の中さ。

 でもよ、そんな質実剛健な評価の元で得た『名工』の評価は、アタシの誇りだ。

 そんで、そんな評価の元でアタシは必ず『天下一鍛冶』になってやるんだ。

 それが、アタシなりの親父への弔いの形なのさ……

 そんな理由だよ。

 あとよ、ちょっぴりだけど、『軍神』がアタシの故郷の町を治めてくれたらよ、昔みてーに戻るんじゃねーかって、そんな淡い期待もしてんだよ……

 おい、ナヨチン一ノ瀬優斗、今の話は絶対誰にも言うんじゃねえぞ!

 特にジェニーに言ったらてめえ、チ○コ切り刻んで骸骨亭のメニューに並べてやるからな!」


 アタシの背後の ナヨチン一ノ瀬優斗は無反応だ。

 見られないように急いで涙を拭いて起き上がり、ナヨチン一ノ瀬優斗を見ると、気持ちよさそうに寝息を立てている。


 何だよ、アタシが誰にも言ってねえ過去の話を、勢いとはいえ全部言っちまったってぇのに、聞いちゃいなかったのか!


 凄え損したっつーか、何か腹立つ!


 ぶっ飛ばしてやんのも悪かねえが……


 焚火の火が消え炭が燻ってるのを見て、アタシはこの薄情なナヨチン一ノ瀬優斗への素敵な仕返しを思いついた。





 「……おはようございます」


 「おう、起きたか。焼けてるぞ、食え」


 「……はい」


 ナヨチン一ノ瀬優斗はアタシの手から焼けた魚を受け取り、寝ぼけまなこでモソモソと食い出す。


 口の周りに炭で書かれたブットい髭を上下させながら。

 ファサっとしたサイドの毛髪から伸びる炭で書かれたブットいもみあげを動かしながら。

 切れ長の目の下にドデンと鎮座した、炭で書かれたでっかいホクロを上下させながら。

 寝ぼけまなこまぶたが閉じると、炭で書かれたギョロ目が開いて見える。

 その目をハの字で囲むブットい炭で書かれた垂れ眉。


 コイツ、顔立ちいいだけに面白過ぎんだろ!

 誰でもいい、コイツを知ってる奴にこの顔見せてやりてえ!


 大笑いしたいのを抑えるが、ついつい口角が上りニヤついてしまう。

 

 「……レディアさん、楽しそうですね……」


 そんなアタシを見てナヨチン一ノ瀬優斗が怪訝そうに聞く。


 「楽しく生きた方が人生いいだろ! それ食ったら今日も砂鉄採集ガッツリ一日やるんだからな! しっかり食っとけよ」


 アタシはそう言うと、思いっきり笑うために、大笑いの声が聞こえないくらいの距離まで急いで走った。







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