愛する君に薔薇の冠を〜問題用務員、希少魔法植物無断採取事件〜

 この日、ヴァラール魔法学院創設以来の問題児と名高いユフィーリア・エイクトベルは神妙な表情で部下たちに問いかけていた。



「さてお前ら、ショウ坊のお返しが考え付かずにホワイトデー当日を迎えました」


「馬鹿なのぉ、ユーリ」


「1周回って本当に馬鹿なのね、ユーリ♪」


「アタシ上司、お前ら部下。ど直球すぎる悪口はダメだぞクソ野郎ども飯抜きにしてやる」



 最後にたっぷりの私怨を込めて、ユフィーリアは吐き捨ててやった。


 バレンタインデーに素敵な贈り物をショウから貰い、ホワイトデーには相応以上のお礼を返すと宣言して1ヶ月が経過した。1週間ぐらい前から贈り物に相応しいものを探して雑誌なり購買部の型録カタログなりを見て回ったが、どれもピンと来なくて終わったのだ。

 ちなみにエドワード、ハルア、アイゼルネはすでに贈り物を準備済みである。ショウのホワイトデーのお返しを考えついていないのはユフィーリアだけだ。何とも情けない問題児筆頭である。


 上司から相談を受けるエドワードとアイゼルネは互いの顔を見合わせ、



「こういうのは気持ちが大事なんだよぉ、ユーリ。ショウちゃんなら絶対に何でも喜んでくれるよぉ」


「そうよユーリ♪ 気持ちがこもっていればショウちゃんだって喜ぶワ♪」



 そんなことを言うエドワードとアイゼルネだが、実際の彼らの胸中はこちらである。



(ショウちゃんはユーリぞっこんラヴだしねぇ、何でも喜ぶよねぇ。例え鼻くそを渡されても大事に保管しそうだよねぇ)


(ああ見えてユーリってば自己評価がかなり低めだしネ♪ ショウちゃんがどれだけユーリのことを盲目的に愛しているのか分かっていないのヨ♪ この前だってユーリの悪口を言ってた生徒が全裸にされた挙句、校庭で磔にされていたのだから絶対にショウちゃんよネ♪)



 最近入ってきたばかりの可愛い新人に対する正当な評価を下すエドワードとアイゼルネであった。ちゃんと理解しているけど、お互いに幸せそうだから何も言わない所存である。



「気持ちがこもった贈り物……贈り物か……」



 咥えた愛用の煙管キセルを器用に口の端で揺らすユフィーリアは、



「指輪とか?」


「止めときな、ユーリ。戻れなくなるよぉ」


「まだ段階が早すぎるワ♪」


「あ、やっぱり重いか?」



 ユフィーリアは「指輪は重いかァ」と自分の案を自分で却下するが、エドワードとアイゼルネが言ったのはそうではない。

 可愛い新人であり女装メイド少年のアズマ・ショウは、ユフィーリアを盲目的に愛しているのだ。彼女の言われたことなら何でもやるし、実際彼女に好かれる為に女装をして可愛く振る舞っているヤン――健気な少年である。


 そんな彼に指輪などというものを渡せばどうなるか。最上級の恋人の贈り物を得たとして、2ステップも3ステップも飛び越えて既成事実ぐらい作りそうだ。エドワードとアイゼルネは、自分たちの上司が恋愛1年生であることをちゃんと理解している。



「もうダメだな、無難にお菓子しか思いつかない」


「それがいいよぉ、ユーリ。可愛いお菓子でも作ってショウちゃんとお茶会でもしてきなよぉ」


「ショウちゃんは甘いものが大好きだから、きっと喜んでくれるワ♪」


「お、そうか? じゃあ豪勢に3段重ねケーキぐらい」


「やっぱりお菓子は止めようねぇ」


「絶対にまずいことが起きそうな予感だワ♪」


「何なんだよお前ら」



 3段重ねのケーキなんてウエディングケーキであって、やっぱりこれではステップを色々とかっ飛ばして既成事実コースである。恋愛1年生に既成事実の4文字は色々とつらい。

 無難なお菓子という提案もあえなく却下され、ユフィーリアはさらにお返しに頭を悩ませるのだった。


 余談であるが、ショウとハルアは購買部に出かけているので、この話は全く知らないのである。



 ☆



 気分転換に校内を散歩するユフィーリアは、やはり「うーん」と悩んでいた。



「どうするかなァ。気持ちがこもっていれば何でも喜ぶってエドとアイゼは言ってたけど……」



 気持ちがこもっているのは大前提だ、問題はその品物である。

 指輪も3段重ねの豪勢なケーキも『重い』となれば、果たして何を贈ればいいのやら。ありきたりなものでは面白くないし、かと言って派手なものをあげてショウに「うわ……」とドン引きされた暁には100回死ねる。


 さて、何を贈るべきだろうか。



「ん?」



 ちょうど正面玄関まで辿り着いたユフィーリアは、掲示板に貼られた紙に注目する。

 それは本日の行事であるホワイトデーの内容を示したもので、題名は『ホワイトデーには薔薇の花を』とある。どうやら植物園に咲いた薔薇を魔法で編み、花冠にして意中の相手に贈るという内容だった。


 なるほど、花か。ありきたりすぎて最初から選択肢として排除していたのだが、花冠として編めばいいだろう。



「そういや、植物園の奥の方に青い薔薇が栽培されてたな」



 以前、植物園を占拠してショウと楽しくデートをしていたのだが、その時に青い薔薇が数え切れないほど咲き誇っていたのを思い出す。



『とても綺麗な青い薔薇だ』


『薔薇の花が好きなのか?』


『花に指定はないが……青い花が好きだ』


『へえ? そりゃまた何で?』


『ユフィーリアの目の色だから青が好きだ』



 その時のショウの笑顔と言ったら最上級の可愛さと言ってもいいだろう。脳味噌に深く刻まれた愛しい恋人の笑顔は、もう何度思い出しても素晴らしいものだ。

 彼の好きな色が青ということも判明し、ユフィーリアは「よし」と頷く。贈り物の内容は決まった。


 そうと決まれば善は急げだ、今日はホワイトデーなのだから。



 ☆



「ショウちゃん、バレンタインデーのお返しだよぉ。日記帳がほしいって言ってたからぁ、俺ちゃんからは日記帳ねぇ」


「オレは万年筆ね!! お給料を貯めて買ったんだ!!」


「おねーさんからはお紅茶の茶葉を贈るワ♪ ショウちゃんのお好きな空茶シリーズの『真夜中』ヨ♪」



 ホワイトデーの贈り物を見繕っていざ用務員室に戻ってきたら、ちょうどエドワード、ハルア、アイゼルネの3人が可愛い新人にそれぞれ自分たちが用意したホワイトデーの贈り物を渡しているところだった。



「わあ、お返しなんて気にしないでいいのに……ありがとう」



 そう言って、両手に贈り物を抱えるのは可愛らしいメイド服に身を包んだ少年だ。


 艶やかな黒髪を頭頂部付近で高く結い上げ、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳には喜びに満ちた光を湛える。少女めいた儚げな印象のある顔立ちには華やかな笑みを浮かべ、全身で嬉しさを表現していた。

 本来の性別は男性であるが、ユフィーリアに「可愛い」と言われたことが嬉しくて身につけるようになった古風なメイド服には、随所に雪の結晶が刺繍されている。胸元を飾る真っ赤なリボンには彼の瞳と同じ色の魔石があしらわれ、清楚さの中に可愛らしさも演出していた。頭の上には燦然と輝くホワイトブリムが装着され、完璧に可愛い女装メイド少年である。


 用務員の中で最年少、可愛い新人のアズマ・ショウだ。こんな世の中の『可愛い』を詰め込んだ少年が、ユフィーリアの愛しい恋人である。



「お、何だ何だ? 上司を差し置いて新人と楽しくホワイトデーですかァ? 妬けるなァ?」


「あ、ユフィーリア。お帰りなさい」


「ユーリお帰りぃ」


「お帰り!!」


「お帰りなさイ♪」



 真っ先に反応してくれたショウは、ふわっと花が綻ぶ笑みを見せてくれた。背後に花が咲いていたような気がしたが、多分あれは幻覚だ。



「えー、ごほん」



 ユフィーリアはわざとらしく咳払いをすると、



「ショウ坊、今日はホワイトデーだな」


「ああ、そうだな。みんなから贈り物を貰ってしまった……あんな失敗作だったのに……」



 ポツリと呟くショウ。

 バレンタインデーに渡された彼お手製のチョコクッキーは、生活魔法を担当する教員の手違いによってオイスターソース味のクッキーとなってしまったのだ。見た目は甘そうなのに味が塩辛いという脳味噌がおかしくなりそうな美味しいお菓子を体験した。


 何故かその時の光景を思い出して泣きそうになるショウへ、ユフィーリアは足りない頭を捻りに捻って作り上げたホワイトデーの贈り物を渡す。



「ほらよ」


「?」



 ぽす、と。


 ショウの頭に、青い薔薇があしらわれた花冠が乗せられた。

 植物園の奥に咲いていた希少魔法植物である。それを大胆に11本も使用して花冠を編んだのだ。しかも少し特別な魔法をかけて枯れないようにしているので、永遠に美しく咲いたままの枯れない花冠だ。


 赤い瞳を瞬かせて頭に乗せられた花冠を指で突くショウは、



「青い薔薇か?」


「植物園に咲いてただろ。あれを使った」



 ユフィーリアはニッと笑い、



「似合うぞ、ショウ坊。お姫様みたいで可愛い」



 ショウは頭に乗せられた花冠を外し、青い薔薇のみで構成された花冠をじっと観察する。「1、2、3、4……」と薔薇の花を数えている様子だった。



「11本……」


「いやー、もう少し使いたかったんだけど全部使い切ると学院長に何て言われるか分からねえしよォ。だから11本っていう半端な数字に」


「嬉しい」



 ショウは青い薔薇の花冠を両手で抱え、心の底から嬉しそうに微笑んだ。



「ユフィーリアが、そう思ってくれたことが嬉しい」


「え、何それどういう――」



 その時だ。


 唐突に用務員室の扉が開けられ、慌てて駆け込んできた人物が「ユフィーリア!!」と怒鳴る。

 その人物とはヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドだ。紫色の瞳を吊り上げ、問題児筆頭と名高いユフィーリアを睨みつける。



「君って魔女は!! 希少な魔法植物である青い薔薇を無断で採取したでしょ!!」


「いいだろ別に、たくさんあったんだから」


「世界で200本しか咲いていない超希少な魔法植物を摘むとかどういう神経をしてるのさ!! 君はお説教だよ!!」


「あばよグローリア、アタシは逃げる」


「待ちなさいお説教だって言ってんでしょ!!」



 清々しい笑顔で転移魔法を発動させ、ユフィーリアはグローリアから逃亡を図った。せっかくのホワイトデーが台無しにされた気分だ。


 そういえば、よく考えずに薔薇の花を11本も使ってしまったのだが何か意味はあったのだろうか?

 ショウはとても喜んでくれていたようだが、彼の最後の台詞が妙に気になった。一体どういう意味なのだろうか?


 ――このあと薔薇の本数の意味を調べたユフィーリアは、気障な贈り物をしてしまったと悶絶するのだった。



 完



 ※11本の薔薇は『最も愛おしい人』という意味があるそうです。

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