にゃんにゃんにゃんは誕生日〜問題用務員、誕生日お祝い事件〜
2月22日は、学院長のグローリア・イーストエンドにとって特別な日である。
「はあ、今日も疲れたなぁ」
深々とため息を吐いたグローリアは、疲労で重たい足を引き摺って学院長室を目指す。
今日も大変だった。授業が終われば魔法の研究に没頭し、気がつけば明日の授業準備を忘れて慌てて取り掛かったのだ。
たまたま通りかかった問題児――ではなく用務員の5人に明日の授業準備を手伝ってほしいと頼んだのだが、彼らは満面の笑みで「嫌だ」と拒否してトンズラしてしまった。結局、グローリア1人で授業の準備をする羽目になり、時間はもう深夜0時になろうとしていた。
「授業を考えるのも頭を使うし、軽率に学院を創立しようだなんて言うもんじゃなかったなぁ」
思えば、1000年前にヴァラール魔法学院を創設しようと話した時には、ほとんど全員が顔を
反対せずに全力で乗っかったのはたった1人だけだったが、やはりスカイの言う通り学院の経営なんて向いていないのだろうかと根暗な部分が顔を覗かせてしまう。色々と面倒になってきた。
鉛のように重たい足を引き摺りながらようやく学院長室に辿り着いたグローリアは、本日何度目か分からないため息を吐きながら学院長室の扉を開いた。
「ん?」
学院長室の扉を開けて、まず最初に確認できたものは小さな箱である。
手のひらに収まる程度の小さな箱が、学院長室の床に転がっていたのだ。どこからか落ちたものではなく、ただ部屋の中央にポツンと置かれている。怪しさしかない。
真っ白な箱の表面には可愛らしくリボンで飾られ、開けてくださいと言わんばかりの様相でその場に佇んでいる。誰かが学院長室に送り込んだのだろうか?
部屋に入った瞬間、箱が爆発することを警戒するグローリアは恐る恐る学院長室の床を踏む。
「……爆発しないな」
どうやら入った瞬間に起動するような爆発物の類ではないらしい。
無事に学院長室へ入ることが出来たグローリアは、やはり最大限の警戒心を持って床に転がる小さな箱に近寄る。近づいた瞬間に爆発するような類でもないらしく、毒を振り撒くようなものではないらしい。
床に落ちた箱に手を伸ばし、リボンで飾られた小さな箱を拾い上げる。上下左右に振ってみるが、音も何もしなかった。ただの箱なのだろうか?
こんな怪しいブツを置くのは決まって問題児の連中だが、ここまでして何もないのはますます怪しさしかない。
「もう、ユフィーリアたちったら。今度は何で僕を
どうせなら最後まで見てから説教の内容を考えよう。碌なものではなさそうだ。
グローリアは「疲れてるのに」と嘆きながら、小さな箱のリボンを解く。
簡単に解けたリボンを床に捨て、小さな箱を開く。中身は虫か、それとも爆発か。あるいは問題児が厳選した禄でもない玩具の数々か。
箱の蓋が開かれると同時に、ぼふんと間抜けな音を立てて白い煙がグローリアへ襲いかかった。
「ぶわッ!?」
思わず箱を取り落としてしまうグローリア。
どうやら煙幕の類であり、視界が一瞬で真っ白な煙に覆われてしまう。
咳き込むグローリアが次に聞いたのは、どこかで聞き覚えのある動物の鳴き声だった。動物を用いた授業は数あれど、何故この部屋で聞こえるのか。
視界を覆い尽くす白い煙を風の魔法で吹き飛ばし、グローリアは部屋を見渡して「わあッ!?」と驚いた。
「猫!?」
そう、猫だ。
白猫に黒猫、ブチ猫にサビ猫など様々な種類の猫が、我が物顔で学院長室に居座っていたのだ。毛繕いをする猫、縄張り争いをする猫、香箱座りで眠り始める猫など自由気ままに学院長室を満喫する。
あの白い箱には召喚魔法の類も仕込まれていたのか。数え切れないほど学院長室に溢れる猫の群れに、グローリアは「あの小さな箱の中にどうやってこれだけの量の猫を仕込んだんだ?」と首を傾げる。
「あれ?」
足元に擦り寄ってくるサビ猫とブチ猫を撫でてやりながら、グローリアは床に大小様々な箱が落ちているのに気づいた。
一抱えほどもある箱から、両手にすっぽりと収まるほどの箱まで様々だ。それが全部で5箱ある。
もう小さな箱で驚かされたので、これ以上に爆発や煙幕が起きても驚かない。グローリアは「今度は何さ」と一抱えほどもある箱を引き寄せて、箱を飾る青と銀のリボンを解いた。
「――――え」
箱の蓋を開いた瞬間に爆発も起きなければ、煙幕も起きなかった。
中身はケーキである。可愛らしく猫の形をしたケーキだ。
表面は紫色の砂糖で覆われ、尖った三角の耳はクッキーを使われているようだ。可愛らしい猫の顔が描かれ、顔の部品は胡桃やナッツなどで飾られている。
猫型ケーキの脇には小さなカードが添えられ、そこには短めの文章が癖のある文字で並んでいた。
誕生日おめでとう、グローリア。
お前の未来が、幸多からんことを。
その名前は、問題児筆頭たる銀髪碧眼の魔女のものだ。
「あ、そっか」
グローリアは小さなカードから顔を上げ、
「僕、今日が誕生日だったんだ」
忙しすぎてすっかり忘れていた。年齢なんて超越した存在なのだから、誕生日なんてあってないようなものだ。
それに、誕生日なんて誰も祝ってくれない。他の教職員もグローリアの誕生日には興味ないようで、誰も聞いてこないからグローリアも伝えていないのだ。
ただ、律儀に毎年お祝いしてくれるのが問題児の彼らだけである。
「こっちの箱は――」
次に引き寄せた箱には灰色のリボンで飾られたやや小さめの箱で、中身は岩のようなクッキーがゴロゴロと転がっていた。表面はゴツゴツとしているが、チョコチップが埋め込まれていたり胡桃が埋め込まれていたりと種類がある。
ケーキと同じく脇には小さなカードが添えられ、指で摘んで引っ張り出す。クッキーの油で少しばかりぬるぬるとしていたが、文字はきちんと読める。
男らしく癖のある文字は、やはりグローリアの誕生日を祝う文章を形作っている。
誕生日おめでとぉ、学院長。
今年のクッキーは自信作だから食べてねぇ。
その名前は、銀髪碧眼の魔女の右腕に並び立つ筋骨隆々とした巨漢のものだ。
「毎年クッキーだなぁ。このクッキー、1個でお腹いっぱいになるぐらい食べ応えがあるから好きなんだよね」
猫がクッキーの箱で遊ばないように浮遊魔法で空中に浮かばせ、グローリアは次の箱に手を伸ばした。
次は琥珀色のリボンで飾られた箱である。
中身は綺麗な押し花の栞と
脇に添えられたカードには、読めなくもないが割と汚い文字が並んでいた。彼なりに一生懸命考えたらしい、グローリアへのお祝いの言葉だ。
誕生日おめでと!!
今年の団栗はめっちゃ綺麗なの選んだからね!!
その名前は、普段から手加減の出来ない暴走機関車みたいな少年のものだった。
「あはは、彼らしいな」
押し花の栞は読書の際に使うとして、グローリアは次の箱を手繰り寄せる。
橙色のリボンで飾られた小さめの箱だ。
リボンを解くと、中身は綺麗な紅茶の缶である。銘柄はグローリアが普段から好んで飲むものであり、ご丁寧にも『美味しい飲み方』と銘打たれた指南書まで添えられている。これは、おそらく彼女が1番美味しい飲み方を研究したからだろう。
そしてもれなく小さなカードもついていた。綺麗な文字が構成するお祝いの言葉は、普段の楽しそうな言葉遣いからでは考えられないほど真摯である。
誕生日おめでとう、学院長♪
今年も美味しい紅茶を選んだから、よかったら飲んでネ♪
その名前は偽物ではあるけれど、
「君の選ぶ紅茶は外れた試しがないよ」
最後に、今年になって増えたばかりの箱にグローリアは手を伸ばした。
黒と赤のリボンで飾られた箱は、他のものと比べると割と大きめだ。
リボンを解いて蓋を開ければ、中身はぎっちりと本が詰まっていた。どれも絶版されてしまい、もう手に入れることすら困難とされている魔導書の類である。魔導書図書館にも置いていない代物だ。
そして、本の上に乗せられた小さなカードには、丁寧な文字がお祝いの文章を形作る。
誕生日おめでとうございます。
これからもたくさんご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
その名前は、異世界から召喚された女装メイド少年のものだった。
「今年は君のおかげで、誕生日プレゼントの記録更新だよ」
毎年律儀にお祝いしてくれる問題児。
最初の時は1つだけだったのが、いつしか問題児の人数が増えるたびに誕生日プレゼントの数も増えた。ここしばらくの間は4つまでだったが、今年になってようやく記録更新だ。
5つの誕生日プレゼントを前に、グローリアは「ふふッ」と笑みを零す。
「ありがとう、ショウ君、アイゼルネちゃん、ハルア君、エドワード君、それに――ユフィーリア」
誕生日を忘れないでいてくれて。
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