ヴァラール魔法学院の今日の事件!!〜季節のイベントでも大問題発生中〜

山下愁

番外編【バレンタインはオイスターソースで決まり〜問題用務員、チョコクッキー大惨事事件〜】

 今日はバレンタイン、好きな異性にチョコレートを贈る日である。



「そんな訳で、女子の皆様は意中の男の子を射止める美味しいチョコクッキーを作ってもらいます♪」



 生活魔法を担当する女教師、アン・ドレイク主導のもと大々的な調理実習が執り行われた。


 今日ばかりは男子禁制で、当然ながら問題児の乱入も不可である。そんなことを言われれば容赦なく問題児どもは乱入してきそうだが、今日ばかりはとある人物から「絶対に来るな」と釘を刺されているので来ないのは確定である。

 そのとある人物というのが、男子禁制のはずの調理実習に唯一参加を許可された可愛い女装メイド少年である。



「チョコクッキー、頑張る」



 むむ、と真剣な眼差しで料理手順をしっかり読み込む女装メイド少年――アズマ・ショウは気合十分で調理実習に臨んでいた。


 きっかけは廊下に張り出された羊皮紙である。

 女子限定で調理実習をするという内容だったが、作る料理はチョコクッキーとあり、さらに日付が2月14日だったのだ。これはもしかしなくても女子が意中の男性相手に甘いお菓子を贈るという例のアレだと察知したのだ。


 バレンタインなんて縁遠い行事だと思っていたが、今年はユフィーリアたちにたくさんお世話になったのだ。そのお礼の気持ちを兼ねて「男子だけど参加させてほしい」とアン・ドレイク女史に伝えたら、何故か通ってしまった次第だ。

 初心者でもそこまで失敗せずに作れるというチョコクッキーなので、ユフィーリアたちにも自信を持って渡せる。どんな反応が貰えるのか楽しみだ。



「それでは調理を開始しましょーう♪」



 アン・ドレイク女史の号令の元、調理実習が開始される。

 慣れた手つきで順調に材料を手に取っていく年頃の少女たちの手際の良さを真似しながら、ショウもまた料理手順を参考にチョコクッキー製作に精を出す。


 美味しく出来たら喜んでくれるだろうか、という期待を胸に抱きながら。



 ☆



 チョコクッキーは無事に完成した。



「ふふふ、会心の出来だ」



 見た目も完璧なので、味も問題ないはずだ。ちゃんと料理手順を見ながら作ったし、分からない場所は近くの女子生徒やアン・ドレイク女史にも確認をした。味見はしていないけど、多分大丈夫だろう。

 綺麗に包装された4つのチョコクッキーの袋を手に、ショウは弾んだ足取りで用務員室を目指す。おそらく彼らはどこにも出掛けていないはずだ。これをお茶請けに、優雅なお茶会を開こう。


 ご機嫌な様子で用務員室の扉の前に立ち、ショウは「ただいま」と告げて扉を開ける。



「おう、お帰りショウ坊」



 優雅に紅茶を啜っている銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルがひらりと手を振って出迎える。



「お帰りぃ」



 日課の筋トレをしていた筋骨隆々とした巨漢――エドワード・ヴォルスラムが鍛錬の手を止めてこちらへ振り返った。



「お帰りなさい!!」



 曲芸師よろしく一抱えほどもある鞠に乗る毬栗頭の少年――ハルア・アナスタシスが足場の悪い球体から飛び降りながら応じた。



「お帰リ♪」



 南瓜頭の娼婦――アイゼルネが、ちょうど紅茶を淹れながら答えた。


 いつもだったら退屈を持て余すあまり用務員室を飛び出す彼らが、大人しく用務員室で待っていてくれたことに安堵する。

 ショウは抱えていたチョコクッキーの袋を掲げると、



「今日はバレンタインだから、調理実習でチョコクッキーを作った。よければみんなで食べてくれ」


「「「マジで!?」」」



 これに驚くほど食いついたのはユフィーリア、エドワード、ハルアの3人だ。アイゼルネは「あらー♪」などと笑っている。



「ショウ坊からのチョコクッキー……? 家宝にしないとじゃねえか?」


「いや食べてくれ」


「バレンタインとか爆発しろって思ってたけどぉ、今日初めて死ぬほど感謝してるよぉ」


「そこまでなのか?」


「お礼にどこの臓器をあげればいい!? 肝臓!?」


「ぜひ体内にしまっておいてくれ」



 まさかバレンタインの贈り物を貰えると想定していなかった問題児たちは、ショウから受け取ったバレンタインのチョコクッキーを何故か崇める始末だった。そこまで立派なものではないので、少し恥ずかしくなってくる。

 早速とばかりに渡したチョコクッキーの袋を開封し、焦茶色のクッキーを1枚摘む。口を揃えて「いただきます」と告げた後、見た目の出来栄えはいいクッキーに齧り付いた。


 さく、と小さな音が立つ。4人の問題児はチョコクッキーをモソモソと咀嚼そしゃくし、嚥下えんかしてから一言。



「ショウ坊、お前天才か? 美味すぎるんだが?」


「料理の才能があるんじゃないのぉ?」


「美味しい!!」


「素敵なお味ヨ♪」



 そんな感想を得て、ショウは安堵の息を吐いた。味見はしなかったので自信はなかったが、彼らに美味しいと言ってもらえて何よりだ。


 すると、用務員室の扉が唐突に開け放たれる。

 誰だと思えば、調理実習で世話になったアン・ドレイク女史だった。何故か息を切らせて用務員室に飛び込んできた彼女は、ショウの姿を認めると「アズマ君!!」と甲高い声で叫ぶ。


 何かしてしまったのだろうか、とショウは自分の行動を振り返る。特に何か問題になるような行動はしていないはずだ。調理実習についてもアン・ドレイク女史に許可を貰ったから参加できたはず。



「チョコクッキー、チョコクッキーはもう渡してしまったかしら?」


「え、ええ。あの、ユフィーリアたちに」


「ああ、そんな……」



 アン・ドレイク女史は「ごめんなさい」と青褪めた顔で謝罪する。



「実は調理実習で用意したチョコレートソースが、オイスターソースになっていたのよ……チョコクッキーを食べた男子生徒たちから文句が次々と来ているから……」


「え……?」



 ――オイスターソース?


 確かにチョコクッキーを作る過程で、チョコレートソースらしき茶色の瓶を投入した記憶はある。それを丹念にクッキー生地に混ぜて、型を取って、焼いた記憶も当然ある。

 ただし匂いまでは確認しなかった。チョコレートソースなど縁遠いものなので、こういう匂いなのかと特に疑問を持つことはなかったのだ。


 ショウは弾かれたようにユフィーリアへ振り返り、



「え、その、ユフィーリア……? そのクッキー、不味いのか?」



 銀髪碧眼の魔女は答えない。ただひたすらチョコクッキーをモソモソと消費していくだけだ。



「ユフィーリア、クッキーを返してくれ」


「やだ」


「不味いだろう。チョコレートソースじゃなくてオイスターソースが混ざって」


「んがーッ」



 ザッとユフィーリアはクッキーの袋をひっくり返して、中身を全て口の中に放り込んでしまう。ぼりしゃりとオイスターソース入りのクッキーを頬張り、それから表情を全く変えることなく飲み込んでしまう。

 ユフィーリアがダメならせめて他に渡してしまった人に、とショウは用務員の先輩たちへ振り返るが、やはり彼らも頬いっぱいにオイスターソース入りクッキーを詰め込んでいた。必死に食べているというより、絶対に取られまいという強い意思さえ感じる。


 ショウは泣きそうな表情で、



「どうして……だって、不味いのに。オイスターソースなんて……」


「いやァ、アタシは美味しく感じたぜ」



 ユフィーリアは飲みかけの紅茶で喉を潤しながら、



「ショウ坊が丹精込めて作ったってだけで、アタシにとっちゃ何でも美味しく感じるんだよ」


「でも……」


「じゃあ、来年は成功させてくれ」



 愛用している雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、少しだけ悪戯めいた笑みを見せながら言う。



「次はオイスターソース抜きで頼むな」


「……ああ。来年こそは必ず」



 来年、またバレンタインの贈り物をする時はきちんと味見をしようと心に決めたショウだった。



「ところで3月14日ってお返しの日だよな? 3段重ねのケーキにするか」


「俺ちゃんも手伝うねぇ」


「薔薇の花束にしようかな!! おっきなの用意するね!!」


「おねーさんはとびきり美味しいお紅茶を淹れちゃうワ♪ 期待しててちょうだいネ♪」


「ま、不味かったんだからお返しなんていらな……」


「そうか欲しいか!! じゃあとびきりのお返しを用意するから期待してろよショウ坊!!」



 ――どうやら3月14日のお返しの日は、とんでもない贈り物が待ち受けている予感である。



 終

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