ほろ苦い恋にさよならを
神凪柑奈
遠回り
「……相変わらずとんでもない量ね、
「全部義理だけどな。それっぽい雰囲気もなく義理義理言われながらもらったわ」
「それはそれで可哀想」
下校のチャイムがなってから少し時間が経った頃、私はそんな一言をかけた。私の幼馴染み、奏斗だ。
顔は悪くはないし、性格もなかなか。成績が問題ありな気がしなくもないが、その辺りは許容できないほどでもない。
そんな奏斗が苦笑を浮かべて袋に詰めているのは、綺麗に包装されたチョコレートたち。そう、今日はバレンタインデーだ。
「よし、帰るか」
「そうね」
また、渡しそびれてしまう。
この日だけではない。クリスマス、誕生日。何度も気持ちを伝えようとしたけれど無理だった。これも何度目のバレンタインかなんて覚えてもいない。
登校のときはいつも別れている。奏斗が起きるのが遅いからだ。学校でもほとんど一緒にいる時間はないから、私が渡すことができるタイミングはこの下校時間だけということになる。
だから、今度こそ渡さなければいけない。鞄に入った本命の方のチョコレートを。
「
「え、ええ。帰りましょう」
悟られたくはない。自分の言葉で伝えたい。それなのに、逃げることばかり考えてしまう。
奏斗が私と付き合っていると思っている人も少なくはない。だから、そのまま付き合っていることにしてみようとしたこともあった。だけど、その度に奏斗はきっぱりと否定してしまった。そのときに自分の気持ちは伝えなければわからないんだと、初めてわかった。
そのくせ、私はまだ逃げ道を残している。本命の、誰がどう見ても好意を持っているようにしか見えないハート型のチョコレート。それとは別に、なんとなく友達にあげるようなクッキー。
「ちょっとだけ、回り道をして帰らない?」
「えぇ……これ、持って歩くの嫌なんだけどな?」
「ちょっとだけだから」
すぐには渡せそうもない。気持ちの整理とやらに意外にも時間がかかってしまう。
いつもは直進する道を右に曲がる。右折したところで何も無い道をただ並んで歩く。
「おー、もう暗くなってきやがった。寒くないか?」
「平気。あなたこそ大丈夫?」
「もちろん寒いぞ?」
「相変わらず寒さには弱いのね」
好きだな、と思う。自分の方がずっと寒がりなのに、私のことを気遣ってくれる。上着を手渡す準備までしている。
そんなささいな気遣いができる奏斗のことが好きだ。それなのに、どうして言い出せないのだろう。
理由はわかっている。きっとフラれるのが怖いから。自分では勝手に五分五分の勝負だと思っているけれど、家族とも言えるほど長い時間を過ごしてきた私に、奏斗が恋愛感情なんてものを抱いているかはわからない。そう考えると、今の関係が壊れるのが恐ろしい。
「んで、要件は?」
「えっ?」
「わざわざ遠回りさせたってことは、なんかあんだろ? 渡すものとか、渡すものとか」
「え……と……」
まだ駄目なのに、もうごまかせない。
こうなったらヤケだと思って、鞄に手を突っ込む。確率は二分の一、目を閉じて奏斗に突き出す。
「おお、すんごい勢い。サンキュ、クッキーか」
「……え、ええ。そう。よくできているでしょう?」
「ほんとにすげぇな。いつも一番美味いから、めちゃくちゃ嬉しいんだよなぁ」
「ほ、ほんとに……?」
「もちろん。チョコとかでも甘めにしたりしてくれてるだろ?」
「それは、あなたが甘い方が好きだから……」
「知ってる。それが嬉しいんだって」
意外と見透かされていた。私が奏斗だけのために作っていることがバレてしまうのはどうにも恥ずかしい。
結局渡したのはクッキー。本命の、ハート型のチョコレートではない。けれど、そんな嬉しいことを言ってくれるならきっと、奏斗もやぶさかではないのではないだろうか。
いつもの道に戻ってきた。家はもう目の前だった。
「んじゃ、また明日な」
「ええ、また明日」
そう言えたことが嬉しくて、同時に少しだけ勇気をくれた。明日でもまだ遅くはない。
明日こそ、告白だ。
翌朝、私は一人で学校へと向かっていた。奏斗を待とうかと思ったが、まだ少しだけ心の準備が必要だったからやめておいた。
教室のドアを開ける。奏斗がいた。いつもは私よりも遅く来るのに、今日は随分と早かったらしい。
「お、流花。おはよう」
「ええ。おはよう、奏斗」
「んで、早速で悪ぃんだけど……今日から一緒に帰るのナシになるけど、いいか?」
「……えっ?」
意味がわからなかった。なぜ急にそんなことを言い出すのだろう。そもそも、一緒じゃないと渡すものも渡せない。
「あ、あの。私、昨日から奏斗くんと付き合うことになって……」
「は……?」
「昨日さ、帰った後にわざわざ渡しに来てくれたんだ。好きですって、な?」
「うぅ……恥ずかしいよ」
「おっと悪い。まあ、そういうわけだから」
「……そう。よかったわね、可愛らしい人で。おめでとう、奏斗」
今までに作ったこともないような笑顔で、そう言って。私は教室から立ち去った。
チョコレートを取り出して、少しだけかじる。チョコレートとは思えないほどに甘ったるくて、私はそのままゴミ箱に捨てた。
ほろ苦い恋にさよならを 神凪柑奈 @Hohoemi
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