二年前の始まりの日

生徒指導の福井誠は額に青筋を立てながら、俺に向かい説教か説法か分からないような罵詈雑言を浴びせていた。

「なぁ、水草。お前はどうして人を殴ったりしたんだ?」

「……はぁ、特に理由なんてのはありませんが?」

こう言うと福井先生はため息をつくと悩ましげに髪を掻き上げた。全くこの福井誠という人物は俺が中一のときから何故か俺に『要注意観察者』とか言う訳の分からないレッテルを貼り、ことある事に呼び出し何故か諭したり怒ったりするのだ。27歳独身、顔は鈴木○平によく似ていて男らしさが溢れている。もちろん、女子生徒には人気が高くいつも女子生徒に囲まれている。そんなことを考えていると、紙束で頭をはたかれた。

「真面目に聞け」

「はぁ」

「お前の目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

「そんなにDHA豊富に見えますか?さすが先生、遠回しに生徒のことを褒めるなんて。教師の鏡ですね」

ひくっと福井先生の口角が吊り上がった。

「水草。何故殴ったんだ?仕方ないから言い訳くらいは聞いてやる」

先生がギロリと音がするほどにこっちを睨み付けてきた。なまじイケメンなだけにこういう視線は異様なまでに眼力が込められていて圧倒されてしまう。っつーか怖ぇ。

「そりゃ、愛する妹に危害が加わりそうになったら命懸けで守るものでしょう。だからですよ」

そう、俺にはいくら先生でも譲れないものがあった。それは妹の安全と幸せ、そして妹への愛情だ。そこを侵害されそうになったらいくら強大な敵でも、たとえ神であろうと戦わなければならないのだ。

「小僧。腑抜けたことを言うな」

「先生とそんなに歳は変わりませんけど…」

突然俺の目の前に風が吹いた。そう、先生のグーだ。ノーモーションで繰り出されるグー。プロかなと思うくらい見事な握りこぶしが俺の頬を掠めていった。

「次はその何の変哲もない顔を見るも無惨な顔にするからな」

目がガチだった。

「すいませんでした。お口チャックします」

謝罪と反省の胃を表すのに最適化させた言葉を選択。

だが、福井先生には満足していただけなかったご様子。いかん、そろそろ飽きてきた。早く帰って妹に会いたいのに…

「俺はな、怒ってる訳じゃないんだよ」

出ました。大人必殺の「別に怒らないから言ってみなさい」これを言う人で怒らない人なんて居ないということを知っている。

しかし、意外にも福井先生は本当に怒っているわけではないようだ。

そう言うと唐突になんの脈絡もなく、こんなことを言い始めた。

「そう言えばお前、友達はいるのか?」

「失礼ですね先生。二人もいますよ」

「二人もっていう表現の仕方で果たしてあっているのだろうか。はあ、友達がいない原因は分かるのか?」

この先生は何を言いたいのだろうか。僕に友達が少ないことを哀れんでいるのだろうか。それなら心配無用だ。人生において友達なんて二人で十分だ。あとは妹さえいれば。

「必要としないからじゃないですかね。僕は妹がいればそれでいいんで」

そう言うと、先生はどこか潤んだ目で俺を見つめる。そして、おもむろに煙草を取り出し火をつけた。なるほど、先生は赤マルなのか。よく呼び出されるけど煙草を吸ってるところは初めて見たな。中指と薬指で煙草を挟んで手で顔を覆い隠して吸っている。中々渋くてカッコイイ…

それにしてもなんて生優しくて暖かい視線なのだろう。こいつ本気で俺の事哀れんでやがる。妹が好きってそこまでおかしいのかな。そんなことを考えていると重そうな口を開いた。

「よし、こうしよう。部活をやれ」

「え?部活ですか?」

「そうだ、なんでもいい。何かの部活に入れば友達も沢山できるだろうし、もっともお前のそのシスコンを直さなきゃな」

「いやいや、シスコンは直らないし運動も全然出来ないですよ?」

「とりあえず文化部にでも見学に行ってみろ」

部活に入るって言わないとここ切り抜けられそうにないなぁ…どうしたものか、

あっ!あるじゃないか!部活に入るという条件を満たしながらも一番楽な方法が!

「分かりました、部活に入ります」

「やっとその気になったか、よし、じゃあ何部にしたんだ?」

「何を言っているんですか先生、俺が入る部活は俺が今から作ります」

「えええ?作るって言ったって何部を作るんだ?」

「そりゃもちろん妹部ですよ!!」

「それ作るのはまあ許容するが肝心の部員は集まるのか?」

「大丈夫ですよ!妹愛は不滅です!」

先生は呆れ果てたらしくもう何も言わなかった。

「仕方ないな、じゃあ空き教室を部室にしていいから、ついて来い」

こんもりと盛られた灰皿に煙草を押し付けると福井先生は立ち上がる。そして扉の前で振り返った。

「おい、早くしろ」

きりりとした眉毛に睨みつけられて俺は慌てて後を追った。




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