Halloween
《ターッゲット、発ッ見、シマシタ》
「?」
唐突に聞こえた妙な声に、廊下を歩いていた中山友香は訝しげに眉を寄せ、背後に視線を送った。
《ナカヤマユウカ、ヲ、発ッ見、シマシタ》
「……何、これ?」
腰よりも低い位置からこちらを見上げていたのは、二等身の奇妙な物体だ。
身体に相当する部分には黒いマントを纏い、その上ではオレンジ色の巨大なカボチャが、黒い三角帽をのせて笑っている。くりぬかれた目と口の奥でオレンジの明かりが明滅しているのが、ちょっと不気味なような、見慣れてくるとかわいらしいような。
《おカシをわたしなサイ、さもナいト……》
「ああ、ハロウィン。これって、ジャック……何だったっけ」
《おカシをわたしなサイ》
人界の慣習を思い出しながら呟いた友香に、オバケカボチャが再び機械的な声を発した。同時に、ギギ、と軋みをあげつつマントからは虫取り網が出現する。察するに、そこに菓子を放り込めということらしい。
「レイね……」
開発長レイ・ソンブラの顔を脳裏に思い浮かべながら、友香は苦笑を漏らした。こういうくだらない思いつきに全知識と技術をつぎ込むのは、彼の得意とするところだ。
「お菓子ねえ……」
あいにく、今日は何も持っていない。普段なら、仕事の合間の糖分補給と称して、チョコレートや飴の一個も持っているのだが。
「ハロウィンってお菓子がなかったらいたずらされるんだっけ?」
それは困るなあ、等とのんびりとした述懐を漏らす。レイが仕掛けるいたずらは大方ろくなものではない。これまでの経験から考えれば、ここは危惧すべき所だ。だが、目の前の機械仕掛けのカボチャにはそこまで大それた事はできまい――と、思わないことも、ないようなあるような。
しかしそんな友香のすぐ脇で、唐突に機械音が彼女の思考を寸断した。
《ケイコクしマス。即ッ刻、おカシをわたしなサイ、さもナいト……》
物騒な発言とともに、ピピピ、という電子音が鳴り響く。
「え……? えぇ!?」
目を丸くする友香の目前で、オバケカボチャの口の奥が光り出す。よもや屋内で爆発でもするつもりか。
《ケイコク、ケイコク。さもナいト、さもナいト……》
ピピピピピピピ、と危機感を煽る音が激しさを増し――――
――パンッ!
軽い破裂音と同時に、オバケカボチャの顔がふたつに割れ、中から大量の紙吹雪が飛び出した。
ヒラヒラと舞い落ちる紙吹雪が廊下を極彩色に彩っていく。美しい光景だ――つもりゆく紙吹雪の厚みさえ気にしなければ。
「ちょ……えええ」
顔を強ばらせて辺りを見回す友香に構わず、オバケカボチャはひとしきり紙吹雪を散らし終わると、再びギギギと音を立てながら、ふたつに割れた顔を持ち上げ、元の姿に戻った。
「…………」
《ニンム、カンリョウ。ツギのターッゲット、を、サガしマス》
呆然と見守る友香の視線に構わず、オバケカボチャはくるりと方向を変えて動き出す。
《ロウカは、キレイに。ロウカ、は、キレイに、しテく、だサイ》
「ちょ……っ、汚したのはそっちでしょー!?」
床を滑り、瞬く間に遠ざかっていく機械仕掛けのカボチャが、そんな抗議を聞き入れる筈もなく。
「嘘でしょ……って、ちょっと待って、まさかまだやる気なの!?」
唖然とする友香の足元で、紙吹雪の残骸がフワリと揺れた。
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