第179話 贖罪
「うーむ」
らんこう都市フィモーシス領主邸にて。相談役たる私イケダは悩んでいた。
目の前でスヤスヤ眠る女性を見つめる。推定20代後半。帝国軍服を着た女性。顔立ち良し。
「これどうするんです?」
「どうしましょうかね」
本当は暗殺する想定だった。だが気づけば連れて帰ってきていた。やはり平和大国日本の日和見根性は中々抜けないらしい。
小娘1人殺せない自分を戒めるべきか。殺さずに済んだチートスキルに感謝すべきか。判断の難しいところだ。
とはいえ帝国軍が撤退を始めたあたり、作戦は成功したと言える。
こうして何だかんだうまくいったわけだが、戦後処理の最中1つの問題が浮上してしまった。
ブリュンヒルデをどうするか。
「何を悩んでいる。ロスゴールドへ引き渡すのだろう?」
「ええと、そうですね。まぁそうなんですけど」
ジークの問いに曖昧に返す。
ちなみにミラローマ氏はいつの間にか消えていた。レニウス軍の撤退を見届けて、上司のロスゴールド大臣の元へ帰ったのだろう。
はっきり言って彼のやり方は気に食わない。奴隷の子供たちが1人でも犠牲になっていたら、ロスゴールの枕元にミラローマの氷漬けを送り届けていたことだろう。ゴットイケダの戯れ。
「帝国第二位をロスゴールド大臣へ引き渡すという事は、引き続き彼に従うことを認めたようなものでしょう。それが気に食わないというか。私達をこの地に配置した理由然り、ミラローマ氏を派遣した件然り、許せないことが続きましたし。まぁ、そうですね」
「ロスゴールドと袂を分かつってことかよ」
セリーヌへ曖昧に頷く。
「あ?どっちだよ」
「いや。もう我慢できないのは山々ですが、果たしてロスゴールド大臣に逆らってなおダリヤで生きていけるのか。自信が持てません」
「まぁ無理だわな。実質ダリヤのトップだし。やつは」
「かと言って今から他国で生きるのも……」
「なんなんお前」
本当になんなん?だ。まるでビジョンが見えない。
宇宙船異世界号というコミュニティに属する以上、武力を以って自身の欲望に従わせるのは限界がある。
1人では何もできない俺は誰かの力を頼らざるを得ない。そしてその数が多いほど安全と幸福がもたらされると思う。
ロスゴールド大臣と敵対したり殺したりするのは簡単だ。たぶん。だがそれで得られるのは少々の自己満足とダリヤの衰退だ。決して明るい未来は望めない。
かといって今後も彼に従うのは遠慮したい。先日と同様、気づかぬうちに大戦争の矢面に立たされる可能性がある。
悩みどころ。
どうしようか決めかねていると、肩をポンと叩かれた。振り返る。セレスが立っていた。
「ちょっと話がある」
「話ですか」
「うん。たぶん今悩んでることも全て解決すると思う」
「え、マジすか」
見つめる。美しい。今日はマークⅡだ。吸い込まれそうな瞳からは虚偽の臭いは感じられない。
「ついてきて」
拒否する理由は無い。大人しくついていく。部屋を出るときにジーク、シンク、セリーヌに頭を下げる。彼らも困惑した様子だったが追従してくる気配は無かった。
セレスはそのまま建物を出て、スタスタ歩いていく。一体どこへ向かっているのだろう。
行先を確認しようと口を開く、その前に聞き覚えのある女性の声が耳に入った。
「カカカ。行くのかの」
「うん」
フランチェスカ。腕を組んで木にもたれかかっている。まるで俺達を待っていたかのような演出だ。
「何かあったらお願いできる?」
「度合いにもよるがの。少なくとも妾の空間を害そうとする輩は排除するぞよ」
「それで十分」
「カカカカカ」
何の話をしているのだろうと首を傾げる。するとフランチェスカがこちらを向いた。
「ちょっとこっち来い」
「え、はい」
フラン様に手招きされた。大人しくついていく。
建物の陰に移動した。セレスの姿も見えない。
フラン様が振り返り口を開く。
「運命とは何ぞや。定められたものか。切り開くものか」
「えーと」
「妾は退屈が嫌いだ。分かるな?」
分からないがとりあえず頷く。
「貴様は妾の退屈を幾分か緩和させる存在よ。マリスでの邂逅時はまだ余力があった。だが今は分からぬ。妾と貴様が本気でやりあった結果が全く予想出来ん。それ程の存在よ。貴様は、妾と対等になり得るぞよ」
「はぁ、ありがとうございます」
とりあえず謝意を示す。
「ククク。分かっておらぬな。それでよい。それでこそよ。ほれ、置き土産ぞよ」
突然にトンと胸を突かれる。瞬間、全身に鳥肌が立つ。
「うおっ」
「ククク……カカカカカカ」
「……」
一頻り高笑いした後、「またの」と言って去っていった。相変わらず綺麗な歩き方だ。
「…………」
直感があった。彼女が俺に何かをしたのなら、どこかに形跡が残されているはずだと。
とりあえず一番怪しそうなステータス画面を確認する。
【パーソナル】
名前:池田貴志
職業:救い人
種族:人間族
年齢:27歳
性別:男
性格:メシア
呪い:魔王のオトモダチ
「…………」
見なかったことにしよ。
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