第177話 想定外

 レニウス軍としては予想だにしない結果だった。


 斥候から報告がもたらされたのは数日前。首都マリスへの途上に堅牢な都市が存在するとのこと。半年前にダリヤへ潜り込ませた密偵からは伝えられなかった情報である。


 つまりこの半年の間に建設されたということになる。そのため首脳をはじめ一兵卒でさえも見掛け倒しの張りぼてと予想した。少しでも我々の足を止めるための急造建物だと。ゆえに攻撃命令を出した。


 狙うのは大きな門。レニウス帝国でも滅多にお目にかかれない荘厳さである。とはいえ張りぼて、更には集団魔法をぶつけるのだ。破壊出来ないわけがないという思いを誰もが抱いていた。


 入口さえ突破できれば降伏も容易い。ブリュンヒルデが予想していたところにそれは起こった。


 集団魔法が全く通用しない。


 幾度ものトライアル&エラーを繰り返しやっとの思いで生み出した帝国の結晶、それが集団魔法。実験では山を吹き飛ばし、海に大穴を開けるといった結果をもたらした。その破壊力を前にして笑える者はいなかった。


 今回の戦においても帝国軍の切り札として運用が期待された。そんな代物が、まさか本命へ辿り着く前に破られるなど誰ひとり予想できる者はいなかった。


 混乱と焦燥で周囲がざわつき始める中、ブリュンヒルデは考える。現状防がれたのは光魔法と火魔法。異なる属性の集団魔法も有るには有る。しかし試す価値はあるのか。そもそも我々は何と戦っているのか。情報の少なさに僅かな苛立ちを覚えつつ、軍略家に意見を尋ねた。


 「ビッテンバーグ将軍、どう思いますか」


 切り札が通用しなかったにもかかわらず、彼はいつもの飄々とした態度で上官の問いに返した。


 「そうですねぇ、とりあえずこれ以上の集団魔法は控えるべきですな。強力ゆえに回数制限がありますから。だからといって白兵戦を挑むのもどうかと思いますね。そもそも敵が野戦を応じるわけがなく、また我々もあの高い壁を攻略するのは至難の業でしょう。斥候の報告から敵が寡兵であるのはほぼ確実なので、最悪建物ごと無視して進軍するのも1つの手です、が……」


 煮え切らないビッテンバーグに対し、カイゼル髭の偉丈夫が啖呵を切った。


 「何を臆している。我が陣営に回数制限があるように、敵も我らの魔法を防いだ結果、限界を迎えるはず。ここは押しの一手だろうが!」


 「そう思いたいが、如何せん情報が足りな過ぎる。よしんば門を破壊できたところで、集団魔法を遮断できる奴らが易々と都市を明け渡す訳がないでしょう。あー、いや、本当に分からんね」


 戦は情報が命とはレニウス帝国初代帝王の言葉である。今回の戦いにおいても情報部の人間が数年前から各重要都市に潜り込み、焦らず着実にダリヤ商業国を丸裸にしていった結果、勝利を手にすることが出来ると判断された。言わば彼らの障害となる存在を彼らが知らないわけは無いのである。


 突然変異的に現れた城塞都市とその地に控える人間。更には集団魔法を防いだ防衛力。


 そんな未知に対しブリュンヒルデは1つの決断を下した。


 「兵糧問題により我々に残された時間は限られています。ここは敢えて目前の都市を避けて通り、本命のマリスへ向かうのも有りでしょう。ただし、敵が私達の想像以上に力を有していたなら、前後から挟撃される可能性も少なくありません。以上により、何よりもまず向こうの情報を手に入れる必要があります。とはいえあれ程の堅牢さを誇る都市です。斥候の入り込む隙間はないでしょう。よって今回は剣ではなく言葉を用いようと思います」


 「交渉ですか」


 「ええ。流石に私が直接赴くことは出来ませんが、誠意は見せる必要があります。よってまずはマキシミリアン将軍に特使として―――」


 それは突然だった。ブリュンヒルデの背後に黒い物体が出現したと思いきや、瞬きする間に再び姿を消した。


 ブリュンヒルデと共に。


 「「…………」」


 ブリュンヒルデが立っていた場所には、ヒトの拳の大きさの氷塊が転がっているだけだった。

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