第176話 フェイズ2

「ククク……カカカカカ」


 沈黙を破ったのはいつもの笑い声だった。この時ばかりは安堵さえ覚える。


 ゆっくりと目を開ける。するとそこには数秒前と寸分違わぬ景色が見て取れた。


 魔王門健在。


 魔王壁無傷。


 フィモーシス陣営死者数ゼロ。


 どうやら完璧に防いでしまったようだ。


「う……うぉぉぉぉぉおお!生きてる!我は生きているぞ!奇跡万歳!」


 市長が歓喜の声を上げる。それにつられてシンクやセリーヌも安堵の表情を見せた。


 全体を見渡す。問題、なさそうだった。何も失っていない。本当に防げたようだ。


 流石は元魔王と言ったところか。集団魔法がどれ程の威力か定かではないが、完璧に遮断するなんて思わなかった。


 いつもはカカカ笑うばかりだが、いざという時は頼りになるのだからぐうの音も出ない。彼女の場合はビックマウスで終わらぬところが素晴らしい。


「あ、また来るよ」


 遠く離れたレニウス軍に目を移せば、ネクストマジックはなんと特大のファイヤーボールだった。メラメラと燃える赤球が更に大きさを増している。


「フラン。あれも防げる?」


 セレスがファイヤーボールを指さす。


「ククク……カカカカカ!」


 急に笑い出した。こいつの情緒はどうなっているんだ。


「あ、来る」


 そうこうしているうちに第二撃が発射された。今度も物凄い速さと重圧でこちらへ迫ってくる。氷魔法を使用すべきか一瞬迷ったが、フランチェスカの余裕を見てやめた。多分大丈夫な気がする。


 そして着弾。ファイヤボールの上半分が魔王壁を飛び越えてフィモーシスの民へ襲い掛かろうとする。だが、来ない。まるで見えない壁に阻まれるかのように炎は上下へ逃げていく。熱さえ感じられない。


 十数秒を経て視界は回復する。もちろん被害はなく、門や城壁も無事のようだ。焦げ跡も見受けられない。


「………………」


 うーん。


 俺が言うのもなんだが、この都市はイカレているな。


「ねぇ。もしかして障壁を張ってる?」


 セレスの問いは明らかに1人へ向けられた言葉だった。当人が口を開く。


「流石はトランス。察しがよいな。付け加えるならば、平素は自動よの。フィモーシスへ直接的に害をなす存在を阻んでおる。今に限っては妾の魔力を付加しておるぞよ。ゆえにレニウスの集団魔法も問題はあらず。コココ」


「な……」


 なんということでしょう。フィモーシスの壁は見た目以上に高かったようです。まさか城壁の更に上に無色透明の自動障壁が構築されているとは思いませんでした。


 しかもその障壁は、敵意のあるモノにしか反応しないらしい。どおりで気づかないわけだ。常に空を見上げれば鳥が羽ばたいている。俺自身も魔法でフィモーシス内部への転移を成功している。


 正直に申して何を以って敵意とみなすか、また障壁の有無はどのように自動化しているのか、疑問は尽きないがそのような疑問群はある一言で全て片付く。


 元魔王様ですから。


 彼女に不可能はないということでしょう。


「素晴らしい。やはりフランチェスカ御大は頼りになる。ありがとうございます」


「御大はやめろ」


「しかしですね。当初の疑問に戻りますが、なぜ敢えてレニウス軍の攻撃を受けたのでしょう」


「ククク」


 笑っている。答える素振りが無い。だが意図は必ずあるはずだ。お前自身で謎を解けという事だろうか。


「あ、それっぽいやつ見っけたぞ」


 金髪女が突然声を上げた。目を細めて敵陣を見つめている。


「何を発見したのですか」


「敵の指揮官っぽい奴。たしか総指揮取ってるのって、ブリュンヒルデとかいう女だよな?だったらあれで間違いないだろ」


セリーヌが敵軍を指差す。しかし遠すぎて何も見えない。そういえば彼女は千里眼っぽいスキルを持っていた気がする。マリス動乱で使用していた。


「遠くて全然見えないんですけど」


「あ?あー、あ、あれ使えばええやん。ほら、ヒトの視界借りるやつ」


「視界?……あぁ、同調ですか。確かに」


俺がマリス動乱でジークフリードに対して使用したスキルだ。小声で「同調」と呟いて、セリーヌの視界を借りる。


すると、確かに明らか浮いている女性の姿が見えた。周囲には屈強な男どもを従えている。


「ぽいですね」


「せやろ。さっきまで後ろの方に隠れてたと思うんだけどさ。集団魔法が全く通用してないのを見てさ。自分の眼で確かめるために前の方に出てきたんだと思う」


「なるほど」


相槌を打つ。フランチェスカ御大が敢えて攻撃を受けた理由が分かった。敵将が自発的に姿を見せるための蒔きえだったようだ。


「じゃあ、できそうだね。後ろからガブ」


「ええ。では早速行ってきます」




★★★★



そう言った直後、イケダさんの姿が消えました。恐らく転移魔法でブリュンヒルデ氏のもとへ向かったのでしょう。


そして数秒も経たずに戻ってきました。


見知らぬ女性と共に。


「は?」


「連れて来ちゃいました」


「連れてきたって……」


これも失敗の部類に入るのでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る