第175話 集団魔法

 当日。


 晴天にも恵まれ完全な戦日和となった。


 俺たちは元魔王が建造した壁、いわゆる魔王壁からレニウス軍の動向を観察していた。


「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」


 誰も言葉を発しない。いや発せないが正しい。目前の光景が余りにも現実とかけ離れていた。


 10万はえぐい。


 舐めていたと言えばそれまでだが、まさかここまで巨大な集団だとは思わなかった。ボボン王国での戦争でも同じ数字を体感した。ただ当時は一瞬だった。直面する6桁は恐ろしい。


「カカカカカ。これは壮観よの」


 黒髪ロングの美魔女が閉塞感漂う沈黙を破壊した。乗らぬわけにはいかない。


「確かに。まるでヒトがごみのようですね」


 冗談交じりにつぶやく。するとどうしたことだろうか。


「その表現は、適切じゃない」


「言って良い事と悪い事があるよね」


「服のセンスだけでなく口まで悪いとはな」


「帰れよ」


 総スカンだった。セレス、シンク、ジーク、セリーヌ誰も支持してくれず。何処に帰ればいいんだ。


「うん。まずは私が挨拶がてら、闇魔法落としてくるね」


 そう言って魔王壁から飛び降りようとするセレス。待て待てと腕をつかむ。あ、柔らかい。


「何を言っちゃてくれてるんですか」


「冗談なんだけど。冗談も通じないの?」


 平坦な声色で問われた。何故か俺が悪いみたいな空気になっている。


「冗談なら、面白くないのでやめてください」


「ごめん」


 素直な謝罪だった。またもや俺が悪いみたいな感じになっている。なにこれ。


「イケダ。だれか歩いてきたぞ」


 そんな会話を繰り広げている間に敵軍に動きがあったようだ。10万の群れからこちらに近付いて来る者がいた。遠目でよく見えない。雰囲気から察するに一般兵士だろうか。


 兵士はレニウス軍とフィモーシスの中間あたりで立ち止まり、こちらへ大声で呼びかけてきた。


「この地の代表者に次ぐ!あなた方に勝機は無い。潔く降伏されたし!!」


 どうやら伝令のよう。内容は想定通り降伏勧告だった。


 返答するために大きく息を吸い込む。


「わ、私が市長のいけだっありえってい!」


『………………………』


 信じられないことが起こった。大観衆が見守る中、壮大に噛んでしまった。日頃あれ程噛まぬようドモらぬよう注意しているにも関わらず、一世一代の場面でやらかしてしまった。人間の底が知れる。


 深呼吸する。落ち着け。まさか噛んだ程度で命を取られるはずもない。何事も無かったかのようにやり直す。


「えー、わたしがその」


「妾が、代表者ぞ。猿顔の平民兵士よ、そちらの指揮官に伝えよ。降伏させたくば、貴様自ら交渉に来いと。カカカ」


「………………」


 声がした方向に首を曲げる。するとそこでは、黒髪の女が高らかに笑っているではないか。こいつあれ程不干渉を謳っておきながら、滅茶苦茶ヒト族の戦争に介入してる。


「………返答、確かに受け取った!!」


 そう言うと伝令役は背を向け陣へ戻っていった。


「えーと」


「ほれ、見よ」


 視線を辿る。敵方がぞろぞろと動き出していた。陣形を整えているのだろう。


 そして約5分後、レニウス軍の移動がピタッと止まる。


「ほれ、見よ」


 再度呟くと同時。敵陣上空に動きが生まれる。初めは何もない空間だった。徐々に小さな光が集まりだし、それが積み重なって巨大な光球へと変貌を遂げていく。最終的には直径50m程度の大きさまで成長した。


「な、な、な、なんだあれは!」


「集団魔法だ…」


 シンクのつばを飲み込む音が聞こえた。


「あの、フランさん?あなたは一体なにを…」


「ククク……帝国も面白き手法を編み出したものよ。個が駄目ならば全を用いるなど明らかにニンゲン族の発想よの。カカカカカ!」


 わろとるで。やっぱり神経イカれてんな。


「おいイケダ」


 フランチェスカに呼びかけられた。感情が顔に出てしまっただろうか。


「後ろの有象無象もだ。怯える必要はない。妾を信じよ」


 そしていつものしたり顔を披露する。


 何故だろうか、この表情を見れただけで安心を覚えてしまう。他も同様で先程の沈黙が嘘のようにざわつき始めた。


「下は置いといて。上は、大丈夫かな」


 徐々に周囲の士気が高まる中、セレスがポツリとなぞなぞっぽい事を呟いた。下と上。大火事と洪水。お風呂か。


「あ、なるほど」


 閃いた。下は馬鹿でかい門と魔王壁を指し、上は魔王壁が届かないエリアを示しているのだろう。つまり門と壁は耐えられるかもしれないけど、壁の上に立ってるうちらに魔法当たったらやばくね?とセレスは伝えたかったのだと思う。


 有り得る話だ。数十mの高さを誇る魔王壁だが、魔法であれば飛び越えてくる可能性がある。


 念のため魔法壁の上に氷張っておこうか。


「イケダよ、それは必要ない。黙ってみておれ」


 フランチェスカからストップがかかった。またしても行動を読まれたらしい。少々の気恥ずかしさを覚えつつ、彼女に真意を尋ねる。


「どういう意味――――」


 俺が聞き返すよりも一瞬早く。


 悲鳴交じりの声を背後から拾ったかと思えば、まるで至近距離からライトを浴びたかのような白が視界に広がった。


「うぼぉぉぁあ、ぶはっ!なんだこれはっ!!」


 たまらずジークフリードが奇声を上げる。


 いわゆる集団魔法が近付く。近づく。近づく。尋常でない速さで接近するそれはとてつもない大きさを保ったまま、フィモーシス南門に襲い掛かった。


「ーーー――――」


 光によって光を失う中、せめてもと自身とセレスに氷壁を張り。


 全ての時間が止まった。

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