第172話 始めた物語

「それで、妾の元へやってきたというわけか」


 昼食の席を離れたセレスティナは、1人の女性を訪れていた。


「あなたなら彼と連絡が取れる、はず」


「ふむ。確かに造作も無いよの。しかしその前に。お主の力をもってすれば、囚われた奴隷共を解放するのも容易いだろうて」


 フランチェスカが相変わらずの微笑みで問いかけてきた。


「さっき見てきた。建物を囲うように商人が10人以上配置されてた。ミラローマの部下の姿はなかったから、たぶん子供たちと一緒に室内で控えてる」


「ふむ」


「誰にも気づかれずに救い出すのは無理。余程綿密に作戦を考えないと、子供たちの中から犠牲が出る。そして考える時間は無い。だったら、相手の要求を呑むのが最善」


「奴隷共を見捨てる選択は無いのかの?」


「私には、無い」


 セレスティナはミラローマの要求を呑むのが最善と伝えた。しかしそれも限られた時間の中で導き出した答えであり、本当にこれで良いのかは彼女にも分からなかった。


「帝国の大軍が迫っておるというのに、目の前の奴隷共を優先するか。ほんにお主は難儀な女だの」


「私もそうだけど。悲しむと思うから」


 誰がとは言わなかった。ただフランチェスカには容易に想像がついた。


「まぁよい。お主の判断にとやかく言わぬ。好きにするがよい。ただの、以前から通達しておるが妾はヒト族の戦争に介入するつもりはない。帝国やダリヤはもちろんのこと、祖国黒魔族領においても同様よ。下らぬ縄張り争いなどに関りは持たん。しかしお主の願いは結果的に妾を戦争へ介入させることとなる。分かるか?」


「あなたの呼び掛けによって、彼がフィモーシスに戻ってきて、帝国軍と戦う可能性がある、から」


「だの。故においそれと聞き入れられんぞよ」


「どうすればいいの」


「己の要求を通したくば、要求に値する対価を示すがよい」


「対価」


 セレスティナに動揺は無かった。もとよりタダでフランチェスカが動いてくれるとは思わなかった。


 彼女は用意していた言葉を口にした。


「私の未来を終わらせる」


「ほう……ふむ。それは…………………なるほどの、そういうことかの。オモシロい。少々寂しくなるが、対価としては十分だの」


 徐に立ち上がり、白銀髪を見下ろす。


「よいのか?」


「うん。私が始めた物語だから」


「カカカ。やはりトランスは馬鹿ばかりよの!」


 そう言ってひと笑いした後、徐に心話で遠くの地にいる彼へ語り掛けた。

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