第169話 タカシ・イケダ
それは突然でした。
「市長!イケダ相談役はどうした。市内中を探したが見つからんぞ」
トランス氏とシンクさんの3人で昼食を取っていた所でした。いきなりミラローマ氏が殴りこんできました。彼らしからぬ必死の形相です。
「2日前から外出している。何か用事でもあるのか」
「用事なんて言葉で片づけられる案件ではない。こんなことなら事前に伝えておくべきだったか」
焦っています。稀に見る焦燥具合です。一体どうしたのでしょう。
トランス氏を見ます。無表情です。黙々と自身が作った昼食を口にしています。見当がつかないと言うよりは関心が無い様子です。
シンクさんへ視線を送ります。恐らくは彼も戸惑いの表情を浮かべているだろう……そう思っていましたが、何故が神妙な面持ちで考え込んでいました。
その彼がテーブルから視線を外さずにミラローマ氏へ問いかけました。
「ミラローマ管理官。もしかしてですけど、レニウス帝国に関する件ですか」
「無論だ」
ミラローマ氏の顔を見つめます。無論とはどういうことでしょう。こちらは何も分かっていません。
「レニウスが……いや、そうか、そういうことだったのか………だからロスゴールド大臣は……え、あ、もしかして、すぐそこまで迫っているのですか?」
「明日には」
そう言って床を指差しました。明日には床、もしくは地面。はて。首を傾げざるを得ません。
こんな時こそイケダさんがいればと思います。彼ならば私と一緒に置いてけぼりにされるに違いありません。孤独な無知は寂しいものです。
ミラローマ氏とシンクさんは心痛な面持ちで沈黙を保っています。彼らの中では問題が具現化されており、あとはどうやって解決するかを考えているのでしょう。
黙っていても仕方がありません。恥を忍んで聞いてみます。
「おい。まるで訳が分からんぞ。何がどうなっているんだ。何かが始まるのか?始まっているのか。何故イケダが必要なんだ」
一通り声に出しました。するとシンクさんが顔を上げて答えてくれました。
「色々と怪しい部分はあったんだ。でも確信が持てなかったし、マリスからは連絡や要請も無かったし。そもそも個人に課するのは重すぎる責務だし。やっぱり取り越し苦労かなと思っていたんだけど……」
「だから、何の事だ」
「レニウス帝国がフィモーシスに攻め込んでくる。そうでしょう?」
「なっ……」
絶句です。シンクさんの放った言葉が頭の中をグルグル回っています。
ミラローマ氏を見ます。否定の言葉は出て来ません。無言の肯定です。沈黙の開戦です。
攻め込んでくる。レニウス帝国が。フィモーシスへ。
「ば、馬鹿な!いったいどういうことだ」
「言葉通りだよ」
「て、帝国はボボン王国と戦端を切ったはずだろう。マーガレット団長の書簡は嘘だったのか」
セリーヌ・マーガレットの姉から届いた手紙には、近々王国と帝国が開戦すると記載されていました。その上で帝国が商業国と刃を交えるなど考えられません。
「全て事実だと思う。レニウス帝国はボボン王国とダリヤ商業国へ同時に攻め込んできた。いわゆる二正面作戦を敢行したんだ」
「……」
開いた口が塞がりません。現実が想像を上回るとはこういう事態を指すのでしょうか。額からは大量の汗が噴き出ています。
「帝国はダリヤ商業国とボボン王国が半ば同盟関係にあることを知っている。一方に攻め込めば一方が助力することも想像に難くない。ならばどうするか。互いに援軍を出せない状況を作ればいい。現に王国から救援要請が届いたものの応えることはできなかった」
ミラローマ氏がつらつらと述べます。普段は聞きやすい声だと思っていましたが、今は耳障りに感じるのはどうしてでしょうか。
「ちょっと待て。色々と分からないことがある。えー、まずはそうだな……帝国はダリヤとボボンを同時に滅ぼそうとしているのか?」
「どうだろうね。ミラローマ管理官、敵の兵力は把握しているのですか」
「対王国は5万、対商業国は10万だ」
「10万か。だとしたら滅ぼすまでは考えていないんじゃないかな。王国、商業国へ攻め込む橋頭保を確保するための侵略だと思う」
「10万……」
シンクさんは涼しい顔をしていますが、恐ろしい数字です。近代の歴史でも六桁を超える軍が他国を侵略するのは稀です。それほど帝国は本気だという事です。
「兵力の差は何を表しているのだ」
「単純にボボン王国が舐められているのだろう。かの国は中枢が腐っている」
「耳が痛いですね」
再びマーガレット団長の手紙を思い出します。彼女は文中で王国の敗北は必至だとおっしゃっていました。つまりレニウス帝国の見立ては間違っていないということになります。
「えー、次の質問だが」
「10万の帝国軍が接近しているというのに、今の今まで気づかないのは異質。予兆さえ無かった。そもそもフィモーシス以南の市町村は何をしているのか疑問。帝国軍に対して何もしなかったのか、何も出来なかったのか。ミラローマ管理官、ロスゴールド大臣の直臣であるあなたは全てを知っているはず。あなたがここにいる本当の理由を教えて」
私の質問を遮って、トランス氏が口を開きました。ミラローマ氏が現れてから初めての発言です。その内容は傾聴に値するものでした。
「そうだな。ここに至っては伝えても差し支えあるまい。都市経営の助役として派遣されたのは事実だ。ただ彼女の言う通り、本来の目的は別にあった。それは、帝国軍をフィモーシスの地で撃退することだ」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまいました。まるで意味が分かりません。理解不能が加速しています。
「げ、撃退だと?どうやって?」
「タカシ・イケダ」
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